今日は仕事だった、寒かった。ほんで、明日も仕事、ま、それはよかった。

 

内容めっちゃ暗いので、そゆーのヤな時は俺への軽蔑と共に、飛ばして頂けますよう、お願いしますm(_ _ )m 、、、

 

お読みになる方も、いわゆる単なる 「詩」 と考えてくださると良いですよね、^^

 

寂しいとか悲しい詩歌って、多いものでしょ?

 

ちょっと暗々としたことを書き連ねて、言わば 「ボヤいて」 w、

 

それで気持ちを包んであげて、そしたら明日からまた、歩くんだよ~、ってね。

 

そういう流れ^^

 

 

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今日は夕方前から気持ちが鬱々と始まって、ま、それでも仕事は普通に出来るんだから、重度とかでは全然ないだろうっていう勝手な自己診断。

 

ほっとくと、どんどん重くなるよ~~って周囲は心配してくれるのを、ほんと失礼ながら無視し続けてて、

 

去年と比べると状態は全然悪くなってないし、もちろん良くもなってない。

 

幾ばくかの上下はあったながらも、総じては一定が続いた1年のように思える。

 

 

良くなってないってのはマズイけど、でも同時に、悪くなってないってなら、これでいいんだ、とか思ってたり、

 

どのみち俺は、自分のことはもうすっかり投げやりで、諦めてる。

 

こんなつまらん人間、何をどー世話してやろうか、そういうことを考えるのが一番、「無駄」なことにしかどーーーにも思えないし、

 

重度になって終わるってなら、もうそれでいいんだ。もう俺は十分生きた。「その時」が来るのはもう、いつでもいい。

 

っていうのが根っこにあったり。

 

 

でも、腹減ると食べたいって思うし、眠くなると横になりたいって思うし、疲れるとちょっと休んで回復したいって思うし、

 

「生きる」への固執はこうやって、頑固にしっかり持ってる以上は、

 

つまりこれからも辛い時間ってのを、延々と淡々と歩まねばならんのか、と、寂しくなったりする。

 

メンドーだなぁ、、ほんと、、、

 

 

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頭の回転がそこそこってことで、固定概念を壊す発想力を駆使して、あれこれ冗談を考えて自分も相手も笑わせたりして誤魔化すことも頑張ってみるけど、

 

そん時限り、なんだよね。「誤魔化される」のが。

 

笑って一息ついた瞬間、次に即座に出るのは大きなため息だ。

 

 

自分でも、いつもいつもホントに思うけど、

 

ここまで呑気でルーズで行き当たりばったりな、グダ楽なB型気質の人間が、まさかのウツになるとはなぁ。。と、

 

几帳面でしっかり真面目てっていう方々が、ご自身に対して一生懸命考える故に、気持ちが誠実に落ちてしまう、ってならこれ、

 

とっても道理としては納得できるよね。そしてホントに可哀想だ。

 

それに比べて、こんなルーズなジジーなぞ、「ウツになる資格すら無い」 はずなのに、

 

ほんと、おかしいよね。

 

ほんと、そう思うわい。

 

 

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仕事で夕方になって、赤くなり始まるような空を見てたら、

 

冷たい北風も強まってきたのも相まって、

 

その風景とその空気の冷たさで、気持ちがすごい、虚しく、寂しく、悲しくなってきた。

 

 

ここでところで、俺はずっと昔から、なんだけど、

 

上のような状況に自分が置かれると、同時になぜか 「懐かしい・・」 という気持ちにすごく包まれるんだ、。

 

 

なので、

 

暗くて寂しい悲しいなのに、ジ~~ンとちょっと感動もして、

 

寂しいのに、安らぐ、

 

悲しいのに、あったかい心持ちになる、

 

なんともなんとも、へんてこりんな不思議な心象だな~~と。

 

 

デジャヴ、って言葉があるけど、あれなんだろうな、って思うわけだ。

 

でもこの場合は、視覚での既視体験、ではなくて、

 

心象世界での既視体験。

 

心の中での話、だよね。

 

 

俺の人生で今までて何度も、

 

冷たい北風の吹く夕方に、空を見上げてため息をつく。自分の暗い気持ちをその情景と重ね合わせる、その時間。

 

こういうシーンを経験してきた 「それ」 を思い出すから、

 

だから懐かしいっていう気持ち、ジーンとした感動が起こるんだろうな、と。

 

 

運命だか何だか知らないけど、「そういうの」 を司る神様ってか、そういう存在の場所が、俺に、

 

「よく帰ってきたね。おかえり^^」

 

と、俺を包んでくれているんだろうな、と、

 

そう考えたりする。

 

 

それで俺は、納得をするわけだ。

 

「 そっか。。。、俺が帰る場所ってここ、なんだね。

そっか。。。、俺はいつも、やがてここに帰ってくる、ために、

毎日を生きてるんだね。 」

 

などと。

 

 

夏目漱石の草枕の冒頭文、俺は大好きなんだけど、その中に

 

「 住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生れて、絵ができる。 」

 

ってのがあるけど、

 

やっぱり俺も、こういう心象世界に 「お出迎え」 をされて、そして包まれる時に、メロディーや和音が浮かんでくる。

 

大抵はもちろん、とっても寂しい、でも暖かい、そういうやつだ。

 

そうそう、俺が今まで創ってきた曲たちの中には、どれにも 「必ず」 そういう心象を想わせる部分が入ってるんだよね。

 

よほどな 「寂しい男」 なんだろうな、やっぱり俺は。

 

 

スナフキン、それに憧れたくなるのも、やっぱり自分を彼に重ね合わせて、そして安堵を得たいっていう願いが、俺ん中にあるから、なんだろう。

 

あの人を俺は、カッコイイな~っていつも思ってきた。そして、

 

今でも思っている。

 

 

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さてさて、心で十分泣いたところで、寝るとしよう、

 

明日も寒いだろう、

 

そしてきっと夕に空が燃え始まる頃にはまた、冷たい北風が吹くだろう。

 

優しく、冷たく。

 

 

 

 

うぅ~~~、ちょっと文学的でかっこいい文章になったな~~、長かったけど。

 

と、オチw

 

↑ホントにしっかり落ち込んでいるのかどうか?、謎も多いあどんであったw