知恵袋より、こんな質問があった。
「
社会に出て働く理由は、何ですか?
引きこもり、45才より。
」
社会の枠の中に留まるってのは、時としてすごい過酷になってしまったりすることが多い世の中だ、
いろんな悪いものがあちこちに散在してて、そのそれぞれと対峙していかないと、しっかりその場所に留まれない、歩けない、とか、いろんなモヤモヤがあるわけだけど、
どうして仕事すんの?、ってそりゃお金の為だもん、ってのは当然の帰着でもある・・・けども、
俺はもう1つ、大事なことがあるってのを知ってたので、それを回答に書いてみた。
「
お金のため、というのがまずの一番最初、これが基本なのでしょうが、個人的にはもう1つ、常日頃思ってることがあります。
個人的にこんな言葉、「人は水。ほおっておくとどんどん低いところを目指して落ちていく。」みたいな言い方になるのですが、
人って、何かしらの「強制」がないままに、自由だけでの時間を重ね続けると、どんどん「堕落」してしまうと思うんですよね。
仕事でアラームなどで時計にむりやり起こされて「あぁ~、やだな、仕事か・・><」とか、
ほんとは嫌な人だけど、仕事だから仕方ない、関わらないとな・・、とか
短調で疲れて来たけど、時間まではどーにも作業続けないとな・・、とか、
このような時間ってのはほんと、どの人も嫌うものではあるながらも、このような、何かしらの「強制」というものを自身に課して日々を重ねることでのみ、
人って自分の何かしらを、一定のレベル・場所に留めることができるんだろうな、と。
もちろん、その場所で例えばパワハラ、例えば過酷な労働、そのようなもので自身が大きく心身を害される、という場合は逃げる必要があるわけですが、
かといって、いつまでも何かしらの仕事、いい意味での強制、ってのは、
しっかり自身を休ませたあとは、また探し始まって、就くように志す、ということは大事なのかな、と思ったりします。
」
やっぱりそっち、人はほっておくとどんどん堕落する。
休まなきゃいけない場合ってのが、いっぱいあるんだから、そういう時期はきちんと、あれこれの責任は放り出してしまって、しっかり癒す、ってことがまず、とても大事だよね、
でも、そういう時間が終わったと、自分で確信を持てるようになったらば、
やっぱり人は、何かしらの強制を探して、自身でいくつか背負って歩くこと、ってのは、大事、
これは 「社会への責任を果たす」 みたいな、綺麗事とかそんな話よりも、もっともっと、自身のために、が主目的であって、
自分を堕落させないように、人は何かしらの 「あぁ~~やだな」 とか、 「あぁ~~めんど~~><」 とか、
そういうものを持っておかないといけないんだ、と、
ま、これは、自分の歩みを振り返る時に一番、
痛感させられる事、なんだよね。
さてさて、今日は仕事だ、
相変わらず予定が甘くて、どーにも気力も萎えるけど、
やっぱり歩いてくるとしよう。
ウッチャンが最近、ほぼ全然出てこないような気がする。
でもたとえ健常になったとて、何かしら悩みを持てば落ち込むのは当たり前でもあるし、
あまり自分で勝手に 「もう治ったんだ~w」 なんてことは、考えないようにしないと、って思っている。
