知恵袋より。こんな質問があった。
「
人は、自分と全く違う環境下に置かれるとそれについて理解してくれる人も同情してくれる人さえもいなくなる。
確かに人は誰しも同じ環境では育たないけれど、典型的な悩みを持つ人が多いために同情や理解、解決策ですら生まれてくる。
これは当たり前のことです。
だとしたら、私のような環境で育った人間が少ないのも確かで、
だから出来るだけ弱音を吐いて周りに助けを求めたつもりです。
でも悩みもコロコロ変わるし、それが一般的な悩みとかけ離れているので、自分が信じれない。人をあちこち巻き込んでしまう。だから人に悩みを打ち明けるのはやめました。近況報告はしてます。
結局、どんなに辛くても、どんなに苦しくても、その人の痛みは誰もわかってくれない。
ヒーローたる存在はこの世にいないんだと考えると、もう人生絶望的というかやめたいです。
そんな私は学生です。
どうせ「あなたはまだ若いんだから」だとかいう言葉で後押しされるのでしょうが、私はそんな言葉をかけてほしいわけではありません。
ただ、今までよく頑張ったね、と頭をポンポンされるだけでいいのです。
そんな親が存在しないので私は永遠に満たされることがないでしょう。
人生辛いですね。世の中そんなに甘くないですね。ちょっときついかな。
」
悲しい、辛い、大変だ、を想う・抱える際、人は誰しも理解者を切望するわけだけど、なかなかそれをしない・出来ない人ってなほうが大半だったり、
あとは、誰しもが 「自分のことで手一杯」 で、とても周囲を包むなど、してるゆとりがないとか、
そういうことばかり、ってのが世の中だったりするわけだ、
こういう時ってのは、「あきらめずに、居ると信じて、訴え続け、探し続け」 ってことが一番大事なんだけど、
これも確かに大事だけど、俺の場合は、「別な路線」 を、気がつかないうちにやってきたのかな、と思い起こせたりする。
つまりは、人に求めるんじゃなくて、自分が、周囲に対して、自分からそういう、「自分が願う欲する」 理解者、の立場をやってあげよう、
ってこと。
・・・みたいなことを考えながら、回答を以下、、
「
理解者ってのはほんと、誰しもが欲する存在ですけど、非常に少ないっていうケースも人生では多いですよね。
長年訴え続けるという根気も、どうしても必要になるわけですが、「燃料を補給されない自動車」というのは、ずっと走り続けることは無理になっちゃうわけで。。。
そのような際は、変な提案と思われるかもなのですが、むしろ逆の発想・行動に出てしまって、
自分がまず、そのようになかなか周囲からの理解を得られないような人たち、への関心、同情、そして親切心、などを、表現していくといいかな、と思うんです。
自分がそのように出張ることで、周囲の人達がそれを見て、あれこれを学ばせられるうちに、何かしらの変化が見られるようになる場合というのも、またこれもレアケースかもなのですが、
決して「絶対にない」ということではない、むしろ「必ず」ある、と願いを持てそうな点かな、と思ったりしますし、
何よりも、自分自身が、そう行動する自身を見つめることで「自尊」を保っていくことができるんじゃないか、
そう考えたりします。
長文駄文で大変申し訳ないのですが、まとめますと、
・諦めずに長期間、根気を持って探し続けること、
・むしろ自分が、周囲の理解を得られないような人たちを包むようなアクションをして周囲にアピールをし、そして自分でも自尊心を養い、護っていくこと、
この2つなのかな、と考えてみました。
もし、見当違いな回答とかでしたら申し訳ありません、
」
探しても、居ないから、なら仕方ない、自分がそういう人間になっちゃおう、っていうの、
「お前、ずいぶん寂しい人間だなぁ~ww」
って、冷やかすだけな人も、多いだろうけど、
・・・ま、自分でもそう思うけどさ、
でもなんだか、長年それをやってるうちに、俺を理解してくれるとか、そういうのとは別な点、
俺の 「どんな立場の人にも、理解を頑張ってみたい」 っていう、この姿勢に 「賛同」 してくれる人がどんどん現れて来てくれて、
そしてそういう人たちが、俺に対しても、俺の立場を 「ほんとわかるよ!」 と、声掛けをしてくれたり、
とっても嬉しい結果がいろいろ出てきてくれたりをしている点、これがとても嬉しかったわけで、
そう考えると俺が、気がつかずにもやってきたこの姿勢は
「成功」
だったのかな、と考えたりもする。
・・・
ってことで、また頭が重くなってきた、
とりあえずやめとこう、今日から仕事~~!
