知恵袋より。
「
私は学校での勉強が好きなのにできなかった理由から、一般的な偏差値よりも低い、つまり自分は劣っていると思ってしまうときがあります。
これは偏差値が比較的低い人を否定しているわけではないのですが、勉強が取り柄でもあったので人よりも劣等感が強くなっています。
社会人になるときにも独学で勉強したのですが、部分的に抜けてしまっているところも多いです。
でも今更勉強したとしてもそれが役に立つかどうかは分からないし、それだったら資格の勉強をした方が良いんだろうと思います。
皆様は勉強のコンプレックスを補う事とこれからの生活に必要な知識のみを習得すること、どちらを優先した方が良いと思いますか?
」
という内容。
勉強が出来ない、ということを自身のコンプレクスに出来るというのは、とっても誠実な向き合い方だなと、そっちに感心をしちゃったんだけど、ご当人はそれで悩んでらっしゃるということで、
またまだ、いろいろ考えながら返答を。
「
1つの個人的な意見としますと、
もう社会に出ておられるのでしたら、今のその環境で必要なもの、要は生活とかお仕事のとか、そちらですね。
そっちの知識を最優先に考えるほうがいいんじゃないのかな、という意見です。
と申しますのも、
勉強に関するコンプレックスというのは、学業な時代に強く受けて、そして今現在も続いているとしてもそれは、「過去の話」なわけでして、今は、仕事、生活、そっちで上手に人生をやっていくことのほうがはるかに優先、そして大事、
社会人としてやっていくうちには徐々に、勉強が、などという場所への焦点は必ずボケて色あせて、やがては消えてしまうはずです。
さらに、
生活・仕事、そっちの方で知識を身につけて、それを活かしての今を上手に歩けるようになれば、自尊心つまり自信というものは、「そっち」の方から別に新しく、そしてしっかりと芽生えてくるはずだと思えるから、でして、
そっちから芽生えた自信というものは今まさに「旬」なもの、毎日いっぱい活用できる、目の前にある一番はっきりと見えるもの、味わえば一番美味しく感じられるもの、となるはずだから、
そのような理由からです。
そして、今、に自信を持たれたそれ以降は、ご自分の時間に余裕が有る際に、恐らくまだしっかりと持っておられるであろう「向学心」に則って、ご自分の興味関心を抱ける分野の教科書をパラパラと開いてやってみよう~、とか
そのような流れがいいのかな、という意見でした。
」
上記のように書いてみて、ご当人はしっかり道を見つけられたようで、ほんとに良かったと思うった。
それにしても・・・
ウッチャンとかと一緒にいるとついついどうしても、
(
今の若い人たちはいいなぁ~~、
こうやって、簡単に人生とか深い問題でも、無差別を対象に質問できる場所がいっぱいあって・・
俺が若い時にそういう場所があれば、あるいは
近くにこうやっていろいろを指南・叱咤してくれるような人がいたらなぁ・・・
)
悲しくなってくる、
けど、今更もう、なんとも出来ないことだ。
