知恵袋より。
内容の概要は、
「
老齢の親の介護という点で、親は、「自分たちのことはいいから」、と、自身の人生をしっかりやってほしいという願いを話してくれる、
とはいえ自分は過去、親をないがしろにし続けてきた時期があってそれを反省してるのに、今になって恩返しもせずに、自分だけを歩くという点を思えて、
それを心にとても負担に思っているせいで、自分の恋愛や結婚へとか、そういう方向にも気持ちを向けることもできないで悶々としている。
このような心の痛みを持っている人のことをどうおもう?こういう痛みを理解してくれる人っているんだろうか?
」
という感じの内容。
またまたちょっと考えて、こうやって回答を書いてみる。
「
人ってどうしても、とくに 若いうちから全て後悔ないように、というのはとても不可能ですよね、
後になってから、こうしておけばよかった、と質問者様は今、お母様に対して誠実と優しさを持っておられるわけですが、
これは人、皆同じだと思うのです。つまり、
お母様もきっとなにかでの後悔、こうしておけば・・というものを持っていた。と言えそうですよね。
そしてそれを踏まえたうえで今は、後悔はもう、自分では直せない過去だし、子供にあとを託して、それを見つめさせて欲しい、そうすることで自分を、自分の人生を安心させて欲しい、
そんな姿勢でお母様は、ご自身の後悔というものを払拭しようとなさろうとしている、というような考え方が出来るように思えたりします。
となると質問者様として、一番大事な志すべき場所として、
自分の後悔を自分で大事にしてて、それだけでいいの?
お母様の願いを後回しにしておいて、それでお母様がまた、自分の後悔を思い出すかもなのを、ほっておくの?
という話につながってくるわけでして、
このような考え方、お母様が認知症だからといって、「そんなことないよw」と言い切ることは決してできないものだと思えますし、
ご自身に対してもそのように強くあって、心を守りながら進んでいただきたいな、と考えてみました。
それから、心の痛みというのも、どの人も何かしらで必ず持っているというのが「生きる」なんだと思いますし、理解できる人は大勢いると思いますし、あとは、
私はむしろ、そういう心の痛みなどを一切持ってない人は、ヤですw
だって変に偏って心が狭かったりってのが、ほとんどですからね、そういう人って・。
長文駄文を、申し訳ありません。
」
心に痛みを持ってない人ってのは、仕方ながないんだろうけど、心はどうしてもそういう、人の弱さ奴らさというのを「嫌う」、「避ける」、「軽蔑する」など
でも、俺はそういう人間は嫌いだ。逆にこっちで軽蔑、毛嫌いする。
人であれば弱さを持ってしかるべきなのが「生きる」なのであって。そういう点への同情や理解、支援や協調などな志も(もちろん、支援などな場合は、自分を守りながらの、出来る範囲で、という点も大事)、やはり、しっかりと持っていないといけないと俺は思う。
