ブログネタ:ウソつくの上手? 下手?
参加中私は上手 派!
本文はここからこんにちは、久々にブログネタやってみます、
嘘をつくのが上手?下手?というお題ですが、
ここで早々につっこみです、
「どういう点での上手、下手なの?」と、
ばれない嘘が「上手」なんでしょうかね~、そしてすぐにばれる嘘が「下手」なんでしょうかね~~
みなさんはどう思われるでしょうか?
ここで、哲学的な見地も交えての俺の考察をちょっと書いて見ます、
嘘ってのは、基本、自分でそれともう、わかってるわけです、
「これはほんとじゃないんだよな~」っての、つく前から自分だけはそれしっかり、把握してるわけです、
でも、「生きる」をやっつけていく過程で、人ってどうしても、「ほんとじゃないこと」をしゃべらないといけない事態ってのに、何度も何度も出くわしますよね、
その都度に、馬鹿正直に、ほんとのことだけをしゃべり続けてたら、
どうなっちゃいますかね?
人間関係とかな場合でも特にそうだけど、いきなり唐突に現実を突きつけられていては、
きまづくなったり、かたよったり、最悪、終わっちゃったりするケースってのが、よくあるはずです、
特に国際関係で言えばですけど、国同士は隠すこと、ごまかすこと、そして嘘をつくこと
これ、当たり前のように常套手段として使われ続けてます、
とくにほら、あの、国・・・、そして、あの国・・・
あとは、自分に視野をもちなおして、周囲との人間関係でも、
今は丸く治めておかないと、とか、
ここで真相をやらかすとへんになっちゃうから、とかで
嘘をつかざるを得ないっていう場合だって、いっぱいあると思うのです、
そういう点を考えてみるときに、嘘ってのは「仕方のないこと」でもあるのでは、と、
状況を変に悪化させるよりも、時間をかけて直すほうが、周囲のためになるっていう確信をもつならば、やむを得ずの「不真実」を語ることっていうことも、
必要悪じゃないのかな、と考えたりもします、
ただ、
自分の意見として、なのですが、このお題の「上手?下手?」という点で、
最終的にばれないのが、上手?ばれちゃったら下手?
そういう見地で考えるっていうのは、どうなんでしょうか?
この点で俺が思うのは、
嘘をつく「理由」っていうのに立ち返ったときに、
周囲を最終的に丸く治める、っていうのを、基本的な願いとして嘘をつく場合は、
最後の最後に、ちゃんと「ばらかして」そのあとで、丸く収まるのであれば、それ
「下手」では、ありませんよね、って、俺は思います
むしろ、めちゃくちゃ「上手な」うそのつき方です、
俺が指摘したい、嘘の上下手っていうのは、
動機が利己的なものでないこと、をまずの土台とした上でその嘘をついたあとで、
その後の事態を、きちんとなだらかに、できるか、できないか、
これがこの「上下手」の境になるのでは、と思って見ました、
例を考えると、えっと、たとえば、
やっぱりなにかの「プレゼント」みたいなのが、あったかくていいですよね^^
誰かにサプライズなプレゼントの企画をしてたとして、
そのプレゼンを受ける当人が、周囲に
「なにか、プレゼント、用意してくれてるの?え?どうなの?^^」みたいに、聞いてきたとして、
相手は
「え~~、ごめん、別に考えてないよ~~、忙しいしw」
と、「嘘」をつきますw
で、当人は「な~~んだ」と、そのときは、がっかりかもですw
ところが、ところが、
そのプレゼンをする当日になって、
なって、
なって~~~ww
みんなで待機して、その当人が帰ってきたところで
いきなり!!
「おめでとう~~~~!!!^^」とのサプライズを^^
これ、どうでしょうか?
この嘘って、悪いことでしょうかね?
そして、上下手、っていうのを考えたときに、もし
その当人に、サプライズ前にその企画がばれてしまって
そのサプライズ感が全然ないままの「おめでとう~~~!!」って、
ぜんぜんサプライズでもなんでもないじゃんww
前もってばれるってのは、それ「正直をしゃべった」ってことだから、倫理的にいえば
「正しい」かもですよね、でも
ほんとに、そうなのかな~~
ってのを、考えたりします、
あ!!!
こういう経緯で考えると、俺、
投票には「上手」にしたけど、
めちゃくちゃへたくそだ~~~~
まったく、あははww
総括なのですが、
嘘というのは、時として必ず「必要悪」になる場合が必ずあるので、
何でもかんでも馬鹿正直というのは、賢い生き方ではないと思います、
ただ、
その嘘をつく動機が、自分の偏った利己「のみ」である場合は、それに迎合してはいけないと思います、
恥ずかしがらずに正直に、ほんとを「真を」しっかり逃げずに貫く言葉を口に出すべきです、
そして
周囲にとって、「その後」を考えるという、「利他」を意識した嘘である場合は、それは
思いやりも意識した上で、つく必要があると思います、
そして
「上手か、下手か」の境は、
最終的にその、意図する周囲の幸福を
実現させることができるか、できないか、
これが、うまい、へたを分けると
俺は考えました、
