運命が変わった場所

 

 

そこには、5人の面接官(おそらく教授と思われる。数人ほど、講義で見かけたことがある人が居た)が、鎮座していた。

「(えっ…。)」

僕は、心の中で、狼狽した。面接官と自分、マンツーマンの面接だと思い込んでいたからだ。まさか、逆パターンの集団面接だったなんて…。いや、別に、珍しい話ではないのかもしれない。僕の面接経験が浅過ぎるだけで。確かに、考えてみれば、ドラマの面接シーンとかで、複数の面接官と1人の志願者が、何やら話し合っているのを見たことはある。それも結構ある。だが、この時の僕は、何の疑いもなく、1対1で行われるのを想定していた。出鼻をくじかれたような心持ちになった。さっきまでの「やってやるぞ!」という自信は、瞬く間にしぼんでいってしまった。

「どうぞ、席に座って」

促されるまま、僕は席に座る。基礎中の基礎だが、それだけは、心得ていた。勝手に座るのはNG。狼狽しながらも失念していなかった自分を、今更ながら褒めてあげたい。

「まずは小論文を見せてもらえるかな」

促されるまま、僕は面接官に手渡す。5人居るうちの1人、真ん中に陣取っている人が、紙に視線を落とし、流し読みをしている。他の4人は、紙の方向に視線をやったり(見えているのか見えていないのか微妙)、興味無さそうにそっぽを向いていたりしていた。時間にすれば数十秒ぐらいだっただろうが、僕には、ひどく長く、感ぜられた。

小論文は、原紙しか用意してきていなかった。「面接官は複数人おられるので人数分コピーして来てください」という指定を受けていなかったからだ。そもそも、面接時に利用するとも思っていなかった。小論文は小論文、面接は面接、だと思っていたからだ。それもあって、面食らったような心持ちになった。面接だけに。我ながら面白くない。「面」だけに。(いい加減にしろ)

 

「あのさぁ…。」

 

面接官の様子を注意深く観察していると、不意に、相手の方から、声がかかった。僕はドキッとしながら、視線を、声を掛けて来た方へと向ける。

 

「コレ(小論文の用紙)、君が書いたの?」

「えっ、はい、もちろん、そうですけども…。」

「ふうん…。」

「なんか、女の子が書いた字に見えるんだけど…。」

 

僕は背筋が寒くなる思いがした。あろうことか、「キサマ、彼女かなんかに、代筆を依頼したのであるまいな?」と、訝しげな視線を向けられることになるとは、思いもよらなかったからだ。ただ、確かに、思い当たるフシはある。僕は、丁寧に字を書こうとすればするほど、丸文字っぽくなって、自分で言うのもなんだが、男性らしい字というよりも、女性らしい字になる癖がある。事実、コンプレックスを抱いていた時期もあった。妻夫木聡の結婚報告の際の直筆メッセージで、「あぁ、妻夫木聡も、僕と似た、丸文字っぽい字を書くんじゃないか…!」と、心がパァッと晴れた心持ちになって、そのコンプレックスは解消されたのだが、まさか、こんな事態に発展するとは…。

 

「いや、自分で書きましたけど…。」

「そう、まぁいいけど…。」

「じゃあ、ココに書いてる内容をもとに質問していきますね」

 

どこからどう見ても、納得がいっていなさそうな、憮然とした態度で、僕の反論を軽くあしらってから、面接が始まって行った。「何事も始めが肝心」と言ったりするが、これほどまでに、スタートダッシュにつまづいたことはあっただろうかと、頭がクラクラしそうなまま、質疑応答タイムに移行していった。それからは、何が何だか、正直、良く覚えていない。気が動転していたのだろう。いくつか質問されて、それに応じた回答をした記憶は、うっすらとあるのだけど、何を聞かれたのか、何を答えたのか、全く思い出せない。今はもちろん、当時も、そんな感じだった。”気が付いたら面接が終わってた”というのが、正直なところである。

 

ただ、答えに窮する場面が、あった気もする。なぜだろう、そういう、嫌な記憶ほど、脳裏にこびりついて、いつまでも離れないのは…。日頃は思い出すことがなかったとしても、日常生活を送っている中で、ふとした時に、フラッシュバックしてくるような、あの感じ。ドラマを何気なく見ていて、ふとしたシーンで、自分が過去に経験した類似場面と重なって、「ああ…ああ…」となるような、あの感じ。ああ、今、こうして書いている間にも、頭の中が、ピリピリしてくるような…。

 

気が付けば、僕は、大学の構内の外に出ていた。”逃げ帰るように去って行った”というべきだろうか。一刻も早く、面接室・控室から出て行きたかったのは、良く覚えている。そのまま、早歩きで、大学近くの下宿先へと戻って、ベッドに突っ伏して、「あ~、終わったな~(色んな意味で)」と、呟きながら、仮眠、もとい、不貞寝をしたのだった…。

 

 

 

 

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