占いの話ってタブー視される傾向にあるイメージが何となくあって、あんまり人前で語ることって無い気がするのだけど、「好きor嫌い」「信じるor信じない」みたいに、二項対立で考えるんじゃなくて、フワッと、ニュートラルな感じで考えてる人も、結構多いんじゃないかと個人的には思っているタイプ。
今、書いてて思ったんだけど、占いの話はあんまり好まれないのに、初詣を筆頭に、おみくじとかは好んで行なう人が多い気もして来たぞ。これって占いとまた違うジャンルなのかな?よくわかんない。あんま深入りしない方が良い感じ?(苦笑)
それはさておき。
タイトルに「自己分析・心の支え」と書いてみたので、二つに分けて話していきたい。
まずは「自己分析」から。
僕も人並みに「獅子座の特徴」とか「O型の特徴」とか、あと、姓名判断的なやつとか、触れたことがあるんだけど、まぁ、色々な視点から、色々なことが書かれてるよね。
で、その内容を、信じるか信じないか、合ってるか合ってないか、とかは別として、書かれてる内容に目を通した時に、自分がどんな気持ちになるのか、が重要なんじゃないかと僕は捉えていて。
「あぁ、なんか、これ、今まで言語化してこなかったけど、自分の心の奥底に、確かに眠っていたものかもしれない…。」
「う〜ん、これ、にわかには信じがたいんだけど、でも、もしも本当にそうなったら、見える景色がガラッと変わるかもしれないなぁ…。」
とかとか。
そうやって、頭の片隅に置いた状態で生活していくと、どっかでリンクする瞬間があったりするわけよ。「あっ、そういえば、以前、占いで読んだ時に書いてあったぞ…。」って感じで。
どうやら人間はそういう一面があるらしい。有名な話として「妊娠したら妊婦の方が沢山増えたような気がする」って現象があるんだとか。
カントって哲学者が「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に従う」(コペルニクス的転回)と説いていて、それで説明可能なんだって。
要するに、自分が妊娠したことによって、妊娠に関する情報の認識能力が高まって、それ以前は、視界に入っても認識に上がらなかった情報(妊婦さんも含む)が、自分にとって意味のあるものとして捉えるようになるから、妊婦の方が沢山増えたように錯覚するんだと。
これと同じ理屈で、占いに書かれていた情報が、「ふ〜ん・・・」「そんなもんかなぁ・・・」ぐらいでも、頭の隅っこにあると、それ以前と比べて、モノの見え方や感じ方は、変わっていくんじゃないかなって。
そういう意味で、自己分析、もっと自分を深掘りするためのツールには成り得るのかなぁと。
次は「心の支え」。
これはもう単純に、占いに書かれてる情報を見て、
「うわー!コレが本当だったらメッチャハッピーな人生になるだろうなー!」
「おおー!メッチャ良いこと書いてる!えっ、コレ、鵜呑みにしてもいいやつ?」
とかとか(笑)。
僕の例で一つ挙げると、姓名判断の、画数で占うタイプのやつで、「大器晩成タイプ」って占い結果が出るのよ。僕の記憶によると。
これはもう、一目見た瞬間から、「あっ、鵜呑みにしよう」と思ったよね。だってその方が絶対良いじゃん。どう考えても。当たってるか当たってないかなんて関係ない(笑)。
そう思うんだよね。占いを信じるタイプとかは全くの別問題でさ。だって、「あなたは大器晩成タイプです」と言われてさ、「いやいやこれから自分の人生がより良いものになるやけがない…。」とか否定する方が、よっぽど不幸せに近付きそうじゃない?(笑)
まぁ、この類の話をすると、「そもそも早熟タイプですって占い結果は存在しない。大器晩成と言われると人は喜ぶ。それで占いにドップリ浸かるキッカケになる。まんまと乗せられているだけだ」って解釈をする人も居るみたいだけど・・・。
まぁ、それに対するコメントは、いろんな人が居るもんだなぁ、しか無いんだけど(苦笑)。
僕の場合は、直感的に、「よっしゃ!俺は大器晩成タイプなんだ!」って、鵜呑みにした方が幸せに近づける気がしたし、元気ややる気が湧いて来そうだと感じたから、心の支えになってるし、人生をより良く生きる上で、間違いなくプラスに働いてるよね。それは断言出来る。
要は、一言でまとめると、“何事も使い方次第でプラスにもマイナスにも成り得る”ってことなんじゃないかなぁ。自分に都合良く利用していきましょうよ。占いも(笑)