今の自分があるわけ | あたし 時々 晴れ曇り in Melbourne   海外でADHD+ギフテッドの2Eを子育て中

あたし 時々 晴れ曇り in Melbourne   海外でADHD+ギフテッドの2Eを子育て中

オ-ストラリア人の彼と結婚すると決め、2006年1月末にオーストラリアのメルボルンへ移住。海外旅行未経験な私の初海外は、海外生活でした。2012年に第一子が誕生しましたが、ADHDにギフテッドの2E(Twice Exceptional)であることが判明。

引越しを3週間後に控え、荷造りを始めたのだけれど
どこから手をつけていいのやら.........といった感じ。

昨日、彼がキッチン関係の使わないものの荷造りを始めてくれたのだけれど
売ろうと考えているものもあるので、結局自分で見ないといけないし、
箱に入らなかったものがそのままキッチンベンチに山積みされてあるし........。

彼がキッチンをやってくれている間、私は寝室のものを荷造り。

引き出しやクロ-ゼットに入っているものを片付ける。

そこで、久しぶりに見るものを発見。

それは、渡豪の前に母から渡されたもの。
その中には、小学校から高校までの自分の成績表や
幼稚園の出席手帳(出席するとシ-ルがもらえて、それを貼っていく手帳)、
それと母子手帳。

そう、母が私を妊娠していた時からの記録があります。

見てみると面白い。

出生時の体重: 1350g
生まれた時に身長も計るものだと思いますが、
未熟児ですぐに保育器に入れる必要があった為、身長は計れず。

生後5日の体重: 1390g

生後75日の体重: 3000g (うろ覚えですが)

生まれて2ヵ月半でようやく一般の赤ちゃん並ですね。
そして、なんと3歳でようやく体重10kgです。

本当に小さかったんだなぁと思います。
現在は医療が発達して、もっと小さな赤ちゃんが育っていますが、
私が生まれた37年前ではそうでもなかったんではないかな。
当時の超未熟児ですね。

彼に話したら、
「3歳で10kgって嘘でしょ?????」って言われたけど
本当です........

血液が足らずに伯父に分けてもらったり、
未熟児網膜症の心配や、歩けないかもしれないと言われたとか
いろいろと不安はあったようですが、大病もせず元気に育ったようです。
たぶん、生きる力、生きたい力が強かったのかな。
その頃からずうずうしかったんだねっと母と笑った事もあったなぁ。

引越しの準備なのに、アルバムとかに手をつけると
見始めてしまうので駄目ですね。

明日はメルボルンカップで仕事が休みなので
明日は荷造り頑張らなくちゃ。