龍翁余話(835)「西郷隆盛残照」

 

超高齢者になって、1冊の本に、これほど熱中(熱読)したのは珍しい。その本のタイトルは『西郷隆盛残照~敬天愛人を貫くもの』。381ページに及ぶ長編を2日間で読み上げた。それは翁が最も敬愛する先人の1人「大西郷の生涯」についての内容だから、夢中になったのも無理はない。“残照”とは、陽が沈んでからも雲に照り映えて残っている光のこと。「西郷が1877年に没して(2024年の今年で)147年経つが、今もなお我々日本人の心の中に“西郷星”として照り輝いている。故に『西郷隆盛残照』とのタイトルにした」と著者の有村 興(ありむら こう)氏はプロローグ(巻頭文)に記している。

 

著者の有村氏について翁は存じ上げなかったが、プロフィールによると1930年旧満州生まれ。終戦後、家族とともに(本籍地)鹿児島に引き揚げ1958年県立鹿児島工業高校建築科卒業、1961年~1965年東京大学生産技術研究所勤務、1967年~1979年日本大学生産工学部講師、1976年2013年(㈱)有村建築設計事務所主宰・・・とあるから、ご本業は建築設計士だろう。さりながら郷土(薩摩)の偉人・西郷隆盛に対する敬愛の情は翁の比ではない、何故なら、翁が西郷関連の書籍類を10数冊読んだのに比べ、有村氏は1989年~2020年の約30年の間、177冊の西郷関連の文献(小説・随筆・評論など)を読破しているそうだから、いかに翁が”西郷ファン“であっても有村氏には到底かなわない。思うに有村氏は建築設計士としての第一線を退いて以来、”西郷研究“(調査・執筆・講演)に邁進されているのではあるまいか。その1つに、このたび出版された『西郷隆盛残照』がある。

 

この本、実は先日、翁のゴルフ仲間のKさん(K印刷工業株式会社社長)からいただいたもの。著者の有村氏とKさんの会社の某役員とは長年の友人関係で「そのご縁で、K印刷会社に構成や推敲(すいこう)、印刷をお願いした」とエピローグ(終章)に書いている。そして、(5月中旬に)出来上がって直ぐにKさんは翁にこの本をプレゼントしてくれた。もしかして(出版に携わった人々を除いて)一般人として最初の読者は翁ではあるまいか。だとしたら、実に光栄であり喜びである。

 

Kさんが翁にこの本を(完成直後、真っ先に)プレゼントしてくれた理由を考えた――1877年(明治10年)1月29日から9月24日にかけて、熊本県・大分県・宮崎県・鹿児島県において西郷隆盛を盟主とする西郷軍と明治新政府軍の戦いがあった。これを「西南戦争」(または「西南の役」)と言う。一般的にはこの戦争を「士族による武力反乱」と言っているが作家・池波正太郎氏は氏の著書『西郷隆盛』の文中で「西郷には新政府軍と戦いをする意志はなかった。その証拠に西郷はまるで物見遊山風の軽装備で鹿児島を発った」と書いている。勿論、有村氏も第3章「西南戦争」(西郷の真意)の中で「西郷は反乱を起こそうとは思っていなかったし挙兵は名分がないと考えていた」と記述している。それはともかく、この戦争時の西郷軍には薩摩藩士ばかりでなく他藩の元武士もかけつけた。例えば会津隊約300人、福岡隊約535人、大分県竹田隊約120人、それに大分県中津藩士であった翁の曽祖父も中津隊約150人の1人として西郷軍に加わり、最後、鹿児島の城山にて西郷らとともに非業の死を遂げた・・・それらの話(言い伝え)と“偉人・西郷隆盛像”を幼少時から祖父に(耳タコで)聞かされて育った翁、そのせいか成人して西郷のスローガン『敬天愛人』(道は天地自然の物にして、人はこれを行なうものなれば、天を敬するを目的とす。天は我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心をもって人を愛するなり)と遺訓「天を相手にして己れを尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」を翁の生涯の座右の銘としている――Kさんは、それらのこと(西郷隆盛への強い思い入れ)を知っていて翁にこの本をプレゼントしてくれたと思い、感謝している。

 

さて『西郷隆盛残照』は第1章「敬天愛人のエッセンス(本質)」、第2章「江戸無血開城」、第3章「西南戦争」・・・第8章「西郷隆盛と篤姫」、第9章「西郷関連書の所蔵文献リストと私の読書徘徊歴」の構成で編纂されている。スペースの関係でその内容を紹介することは出来ないので、今回はサブタイトルの『敬天愛人』(天を敬い、他人を愛する)の精神が随所に貫かれており、それは「西郷隆盛の名言」として後世に語り継がれているものを紹介するにとどめる。数例を挙げると、前述の「天を相手にして己を尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」以下、政治家や指導者の心得となるべき遺訓「命も要らぬ名も要らぬ、官位も金も要らぬ、このような人物でなければ国家の大業は成し遂げられない」、「教育文化を盛んにし軍備を充実させ、農業を奨励する」、「上に立つ者は常に身を慎み行ないを正し、傲りや贅沢を戒めること」、「愛国の心、忠孝の心、国民への思いやりが政治の基本なり」、「政府や上層階級は我慢を覚え、下層階級の人々を苦しめてはならぬ」、「節操を貫き、道義を重んじ、心清らかで恥を知る心を持て」、「国が辱めを受けたなら果敢に対峙し道義をもって戦え」、「人(適任者)あってこそ制度や論議が充実する――これらの遺訓を知る時、翁、この書をまずは政界・経済界をはじめ各界のリーダーたちに読んで貰いたいと思うのである。

 

『西郷隆盛残照』著者・有村 興氏は言う「鹿児島県出身の作家・海音寺潮五郎は著書『史談と史論』の中で“とかく英雄と言う者は常に自信に満ち、野心に燃え、自我旺盛であるが、西郷は終生、最も鋭い良心を持ち続けた不思議な英雄であった”と述べている。確かに幕末・維新期において心からの尊敬と親しみの持てるケタ違いの英雄は、西郷隆盛以外にはいない」――この言葉だけで翁、有村氏と西郷信奉の一致点を見、満足である。まさに『西郷隆盛残照』は西郷研究のバイブルである・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。