龍翁余話(822)「ちょっと気になる認知症」

 

『龍翁余話』で、随分前から「認知症」に関する話題を取り上げて来た。その当時はまだ翁自身「認知症」に関してはそれほどの現実感はなく、友人(先輩や同輩)の認知症と思われる症状が気になってテーマに選んだだけだったが、最近になってその「認知症」のことが、ちょっと気になり出した。製薬会社・健康食品会社・生命保険会社などの「脳や認知症に関する」テレビCMの多さにも驚く。中でも(翁がついホッコリするCMは)買い物を済ませた主婦が買った品物を忘れて店を出ようとした時、店員から「お忘れ物ですよ」と声をかけられ(主婦は)「あれまあ」と笑いながら品物を取りに戻る、直後に「笑い事では済まされません、それ、認知症の始まりかも」旨のコメントが入る。幸いに翁はまだそんな経験はないが、スーパーに行って「あれを買うのを忘れた」はしょっちゅう。“買い物メモ”を用意しているのに、だ。

 

人や場所の名前を思い出せないことは、もうかなり以前からだが、最近は、自分の行動の中で「何をしようとしているのか」が一瞬、はっきりしなくなることがあり(例えば、隣の部屋に行って、何をしにこの部屋に来たのかが分からなくなり)「あ~あ、俺もそろそろか」と憂鬱になることも・・・しかし、友人との待ち合わせ・医療機関行き・ゴルフなどの日時は、リビングや寝室のカレンダー、スマホの予定表に書き込んでいるので今のところポカはないが、それでも最近、ちょっと「認知症」が気になり出した。

 

ある脳神経内科医が書いた本に「認知症は“病名”ではなく“状態”である。考える力や記憶力が衰え、そのために以前は出来ていたことが出来なくなり、同じことを繰り返し言ったり、身の回りのことに無頓着に(気が回らなく)なったり、ちょっとした“奇行”が生じたりして日常生活で他の人の助けが必要となることが“認知症”と呼ばれる“状態”である」と書いている。しかし、翁は素人だから「認知症は、そういう“状態”を引き起こす“病名”である」、と決めつけるほうが分かり易いので、勝手に“病名”にする。いずれにせよ、最近『ちょっと気になり出した認知症』、いつ「認知症」になるか分からない翁のような老人は「認知症とは何ぞや」を(ある程度)理解しておく必要があると思い、改めて今号に取り上げることにした。(以下、厚労省の資料に基づき記述する。)

 

我々のあらゆる活動をコントロールしている司令塔の“脳”に異変が起きれば、我々の精神活動・身体活動に支障が起きる。つまり「認知症とは、いろいろな原因で脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなったりすることで起きる“心身異常状態”を言う」そうだ。「認知症」を引き起こす病気のうち、もっとも多いのは脳の神経細胞がゆっくり死んで行く「変性疾患」と言う病気――アルツハイマー病・前頭側頭型認知症・レピー型小体病などがこの「変性疾患」に相当するそうだが、専門的過ぎて翁にはそれらの言葉を平易に説明することは出来ない。続いて多いのが、脳梗塞・脳出血・脳動脈硬化などのために神経の細胞に栄養や酸素が行き渡らなくなり、その結果、神経細胞が死んだり神経系ネットワークが壊れてしまう「脳血管性認知症」である――これは翁にも理解出来る。

 

「認知症の症状」には「中核症状」と「周辺症状」があるとのこと。まず「中核症状」とは――脳の細胞が壊れることによって直接に起きる症状、例えば「記憶障害」「見当識障害」「理解・判断力の低下」「実行機能の低下」などがある。つまり自分自身が認知しておかなければならない現実を正しく理解・認識出来なくなる症状を「中核症状」と言うそうだ。あ、思い出した。翁が昨年3月「後期高齢者運転免許更新」の際に受けた「認知度テスト」の問題のほとんどが、この「記憶・見当識・判断力」のテストだった(勿論、合格)・・・さて、もう一方の「周辺症状」とは――本人が、もともと持っている性格・環境・人間関係などさまざまな要因が絡み合って、うつ状態や妄想(被害妄想・誇大妄想)のような精神異常や日常生活への適応が困難になる症状を「周辺症状」と言うそうだ。

 

だが――以上のような専門的知識は多少は必要だろうが、所詮、我々は素人、せめて我々は日常生活の中で「これはおかしい」と気付く場合、自他共に一応「認知症」(初期症状)と疑ってみてもいいのでは、と思う。例えば「何度も同じことを言う」「同じ品物を買う」「料理の味付けが変わる」「置き忘れ(忘れ物)が多い」「少しのことで怒り出す」「財布や携帯電話の置き場所が分からなくなり、挙句は“盗まれた”と言い出す」「読書が出来なくなる」「テレビドラマのストーリーが分からなくなる」「金銭感覚がなくなる」「家事や手芸などをしなくなる」・・・そんな中で翁は「何度も同じことを言う」(らしい)、「携帯電話の置き場所が分からなくなる」(盗まれた、などとは思わないが)、「読書時間、ギターや電子ピアノの練習時間が短くなった」(直ぐに飽きて来る)などが最近の“状態”。もっとひどくなると「今日の日付が分からなくなる」「電話の相手や対面する相手が誰だか分からなくなる」「食事の後、1時間も経たないうちに食事を催促する」「近所なのに道に迷う」「衣服の季節感がなくなる」「履物がバラバラになる」・・・そのほか「焦燥性興奮」「異常行動」「暴言や暴力」「徘徊」「所かまわずの放尿」などは、もはや「認知症」発症(患者)であり、しかるべき医療機関での診断、介護施設への入所が必要となろう。翁はそうならないために、日常、どんなことに気を付ければいいのか、の答えがまだ見つからない。

 

近年、「認知症」患者が激増しているそうだ。厚労省によると、2023年の65歳以上の高齢者の認知症患者は約600万人(6人に1人)、2025年の推計では約700万人(5人に1人)だそうだ。翁は、その中の1人にならないために日常、どうしたらいいかは、まだ分からないし、最近『ちょっと気になり出した認知症』ではあるが、あまり神経質に考え込んでは、もしかして“疑似認知症”になりかねないので「なるようになるさ」と、開き直って生活するのもいいのでは、とも思っている・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。