龍翁余話(575)「高齢者の健康マージャン」

 

翁が(遅まきながら)48歳でゴルフを始めた以前の(翁の)趣味の1つは、麻雀だった。学生時代から還暦までの40年間、麻雀牌(マージャンパイ)をつまみ続けたお蔭で右手の親指・人差し指・中指の先がタコでカチカチになっていて盲牌(モウパイ)が出来る(牌を見なくても触っただけで何の牌かが分かる)ほどの“練れ者”だった。学生時代や社会人になってしばらくは街場の雀荘(時間料金制で麻雀をさせる店)を利用したが、40歳頃から(翁が東京を離れていない限り)ほとんど毎週日曜日、ごく親しい友人たちが我が家に集まり“親睦麻雀会”を催した。我が家には麻雀セット2つ(2卓)おいてあったので連休などには2組(8人)で賑わうこともあった(賭け金は、お遊び程度、席料なし)。

 

ところで、翁にはかつて(我が社の取引先の社長だった)Sさんと言うゴルフ友・麻雀友がいた。彼とは毎週土曜日は千葉・成田でゴルフを楽しみ、時々は銀座で(彼の会社の役員たちと)麻雀に興じた。翁とSさんとの麻雀付き合いは年に数回程度だったが、彼は月~金、ほとんど毎晩、麻雀に浸っていた。東銀座の商業ビルの地下にある雀荘が彼の馴染みの店。地下だから換気が悪く、煙草の煙が朦々として数時間のうちに着ている物、髪の毛などが煙草臭くなる始末、おまけに麻雀をしながらビールを飲み(下戸の翁はコーヒー)、ラーメンやチャーハンを胃袋の中に放り込むのだから、肺や胃にいいはずはない。「毎晩の麻雀は控えなさい」と翁、Sさんに再三再四忠告したのだが、習慣とは恐ろしいもので夕方4時頃になると彼の会社に数人の麻雀仲間が入れ替わり集まり4人揃うと直ぐに雀荘へ、という嗜癖が20年近くも続いた。その結果、彼は肺ガン・胃ガンに罹り、2年間、入退院を繰り返し(残念ながら)翁が還暦を迎えた4月某日、彼は横浜の某病院で桜の散り花とともに63歳の生涯を閉じた。訃報を受けた朝、Sさんの会社の役員I君と一緒に病院へ車を飛ばし、霊安室に横たわるSさんに合掌しながら翁は誓った。「あなたの寿命を縮めたであろう“麻雀”を、私はこの機にやめます」・・・爾来20数年、翁は1度たりともパイをつまむことはなく、したがって我が家で20年も続いた“親睦麻雀会”も解散した。ちなみに2卓あった麻雀卓の1卓は処分し、もう1卓は今でも食卓に使用している。

 

さて先日、後輩のK君(76歳)から「私たちの地区老人会で月に2度“麻雀を楽しむ会”をやっています。龍翁さん、ゲストで参加しませんか?趣味も仲間も広がりますよ」の誘いを受けた。翁、仲間は沢山いるので“今更”だが、趣味と言えば、翁、かつては麻雀・ドライブ・写真(ホームビデオ撮影)・映画・観劇・音楽・釣り、そしてゴルフと多趣味だったが、今の翁の趣味はゴルフだけ。K君の誘いに一瞬、気持ちが動いたが(前述の)Sさんとの約束(禁麻雀の誓い)が気持ちの揺らぎを制止した。「せっかくのお誘いだが私は、ある人との約束で20数年前から麻雀をやめている。もう、すっかりパイの感触も忘れたし、長時間、雀卓椅子に座り続ける体力も無くなり持病の腰痛も心配だ」と丁重にお断りした。それにしても(翁の経験から)麻雀は健康上、けっしていいとは言えないのに、何故、高齢者が麻雀を?と訝ったが、某地区老人会で文化活動のリーダーを務めているK君の話によると、近年、高齢者のスポーツ・文化活動のプログラムは増え、中でも麻雀熱の高まりは著しく、現在、全国で高齢者層の麻雀人口は10万人を超えているそうだ。その麻雀は、従来の反社会性・不健全性など暗いイメージを払拭して「(金品を)賭けない・(アルコール類を)飲まない・(タバコを)吸わない」の“3ない主義”に徹し、その名も“健康麻将”と命名したと言う。“麻雀”を“麻将”としたのは、一般社団法人日本健康麻将協会と言う厚労省公認の団体があって(1988年に設立)従来の不健全でダーティーだった“麻雀”のイメージをチェンジするため中国表記の“麻将”に変えたとのこと。“高齢者の麻雀熱”の煽り元はどうやら同協会らしい。この団体は確かに『健康マージャン』の推進に力を入れているが、一方で中国との親善交流を図っているようだ。習近平嫌いの翁ではあるが、民間同士が親善交流を進めることに異論はない。だが、100年以上も日本人に馴染んで来ている“麻雀”の表記を変えてまで中国におもねる必要はなかろう、と思うのだが・・・

 

麻雀が日本に伝わったのは明治末期だそうだが、一般に認知されるようになったのは昭和に入ってから。ちょっとした麻雀ブームが起こり各地に“雀荘”が出現した。しかし支那事変や大東亜戦争が始まると“麻雀”どころではない。再び麻雀が蘇ったのは戦後復興が一定の成果を挙げるようになった1955年(昭和30年)以降。しかし平成に入り、バブル経済の崩壊とともに麻雀人口が激減しだした。学生やサラリーマンの財布事情もあっただろうが、国民の趣味の選択肢が増えたことやマスコミや行政の健康促進のキャンペーンによる健康運動の高まりも“麻雀離れ”を加速した。平成18年度の日本生産性本部の『レジャー白書』によると、麻雀参加人口は3年前(2015年)の600万人から500万人に減少、それに伴い雀荘の数も減っている。同『白書』は「近年の麻雀愛好家は家庭麻雀が主流」と分析している。

 

さて、後輩・K君たちが推進している『高齢者の健康マージャン』の趣旨はけっして悪くはない。空気のいい場所で「賭けない・飲まない・吸わない」をモットーに4人が和気あいあいで「チー」「ポン」「リーチ」と声を発する様(さま)は微笑ましい。配牌後、直ぐに“上がり手”を想定し(そのように)作り上げていく脳の働きと指の動かしは“認知症予防”に役立つ、とも言われている。だが、気を付けなければならないのは“麻雀は、その人間の本性を丸出しにする”と言うことだ。勝ち負けにこだわり感情の起伏が態度に表れ、雰囲気を悪くすることもある(ゴルフなど仲間プレーは同じことだが・・・)また、高齢者が長時間、同じ姿勢で座りっ放しだと、だんだん背中が丸くなったり腰を痛めたりする。個人差はあるが高齢者はせいぜい4時間が限度だろう。ともあれ、高齢になっても積極的に社会(他人)との繋がりを持つことはいいことだ。その1つに『健康マージャン』がある。K君の活動を応援しよう・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。