「ゲイとファッション写真」
この写真は、アメリカのある大手モデルエージェンシーのウェブサイトの写真です。
とてもセクシーな写真だとは思いませんか?
実は、アメリカでメンズファッションを撮っているフォトグラファーの9割は
ゲイだと言われています。日本では考えられませんね。
この写真を撮ったフォトグラファーもゲイでしょう。
でなければ、こんな写真は撮れません。
彼らは、通常の男性フォトグラファーが女性を撮るような感覚で撮っています。
やはり、ゲイのフォトグラファーにとっては、
男性モデルを、性という、肉体の根本に近い、遺伝子的なところで、
ある意味欲望の対象として見ているところがあるのでしょう。
写真には、そういう部分が怖いほど正直に出ます。
ニューヨークにいたころ
知り合いのゲイのフォトグラファーに作品(男性ファッション、人物)
を見せてもらいましたが、
これは、敵わないと思いました。
生理的・審美的感覚が根本から違っているんです。
スタイルだけをまねしてできるものじゃありません。
撮影のアイデア、ライティング、コミュニケーション等の技法とは、
次元が違うのです。
あまりの美しさに、嫉妬に近い感覚を覚えた記憶があります。
男性ヌードを撮るゲイのフォトグラファーは多いのですが、
ファッション撮影では、「際どさ」の一歩手前で撮ることになります。
この、「あと一歩」というところに、
限りない欲望の力が鬱積して、美に昇華しているのを感じます。
ニューヨークでは、私の回りのクリエーターは、約8割ほどは、同性愛者でした。
全体的にみても、そのくらいの割合らしいですね。
「お前はまだ目覚めていないだけだ」
なんて、口説かれた?こともありますが、
美という世界から現実に戻されると、
ゲイに対しては、決して人格的に否定したりはしないのですが、
感覚的、生理的に、意識の底では、拒否反応を覚えていました。
まあ、ストレートの男性にとっては、それが自然な反応かもしれません。
彼ら、彼女らには、いろんな意味で、影響を受けました。
人格的にもすばらしいアーティストばかりでした。
今の自分は、彼らの影響抜きでは考えられません。
彼らの審美的感覚に触れたり、触発されたり、供に仕事をしたりしたと
得がたい経験ばかりでした。
本当に感謝しています。
ゲイのフォトグラファーの撮ったあちらのメンズファッション雑誌を見ると、
「おお!みな、がんばってやっているな!」
なんて、嬉しくも、懐かしくなってしまいます。
ゲイパワー健在なり!、、、です。