「せっ先生!ごっゴキブリが!」
ある日、
私のアシスタントをやってくれていた
N大芸術学部のK君が、
「龍之介さん!怖い話を聞きましたよ!」と、
ある撮影にまつわる話をしてくれました。
その撮影とは車のスタジオ撮影。
最も、規模が大きく、予算を食う撮影の一つです。
現在は車のスタジオ撮影は大型のストロボで撮っていますが、
当時は、タングステンライトでした。
ストロボは一瞬にして撮れますが、
タングステンのライトの場合は、
シャッターを開いた状態で、数秒~数十秒露光します。
露光の間にほこりでも振ってきて写ったら大変です。
現在のようにデジタル処理で
ゴミを除去することなんてできなかった時代です。
最悪、再撮影で、
予算は+100万円なんてことになります。
そのときもタングステンライトで長時間露光する撮影でした。
双眼鏡で、ほこりをチェックした後、ポラロイドでチェック。
撮影は無事終了しました。
そして、
現像されたポジフィルムをチェックしていた
アシスタント氏が叫びました。
「あっ!先生、車のドアの下に黒い線が写っています」
事態がまだ把握できていない先生。
「なんで、黒い線があるんだ?」
しばらくルーペを覗いていたアシスタント氏。
「先生!黒い線の先にゴキブリがいます!」
ことの真相はこうだったそうです。
シャッターを切った直後に
車の陰からゴキブリが這い出してきて、
ちょうど露光している間に、
ドアの下部を横切っていたらしいのです。
露光しているときに黒いゴキブリが動くと
黒い軌跡(線)になってフィルムに写ります。
あまりに短時間のできごとで、場所も暗かったので、
誰も気がつくこともなく撮影は終了したというわけです。
その後の先生と広告代理店の担当者のことを思うと、
本当に気の毒です。
一発勝負のフィルム撮影の時代にはこういう悲劇をよく耳にしたものです。