異邦人
「それでね 柳君たらステージでね」私が楽しそうにアイドルの話をするのを従妹はうんうんと頷きながら聞いていた。親族が集まった結婚式で私は仲の良い従妹とたわいのないおしゃべりを楽しんでいた。地方の寂れた田舎町。私は父の故郷でもある街に久しぶりに来ていた。「こらこら 走り回らないの」従妹はいつの間にか2人の子持ちになっていた。5歳になる子どもの世話にいつも悪戦苦闘している。「もう一人は?」「預けてきたから まだ2歳だし」従妹はそういって笑った。私と従妹は同い年だった。だが東京で暮らす私は30過ぎても相変わらず独身というのに従妹は既に結婚して2人の子持ち。3人目も妊娠しているという。「凄いね。少子化問題解決に貢献してるね」「美咲ちゃんは少子化推進に貢献してるよね」従妹はいたずらっぽくいう。私は呆れながらも半ば従妹の意見に頷くしか無かった。「東京は30過ぎても40過ぎても独身って女性が多いから」私は言い訳がましく言った。「雑誌で◯◯女子とか言って40過ぎてあれ痛いよね こっちじゃ笑われるわよ」「独身女性の財布狙ってるのよ」東京で育ち大学を出て出版社に勤務した私は25を過ぎて憧れのファション業界に携わるポジションに配置された。それからは徹夜続きの毎日。家に帰れない日々が続いた。一方従妹はこの街で育ち短大を出ると介護施設で働いて25で結婚、妊娠した。「美咲ちゃんは凄いよね バリバリのキャリアウーマンっていう感じで憧れる」従妹はキラキラした目で見る。私は何故か照れてしまった。「でも 子ども産んできちんと子育てしてる人の方が偉いよ」「子育てなんて誰でも出来るもの」従妹はこともなげに言った。私は出来るのだろうか。「そうなんですよ 美咲のやつ30過ぎても独りで困ってるんですよ」振り返ると父が何やら話している。私は溜息をついた。「そりゃ大変だ 美咲ちゃんこっちで結婚しなよ 相手探してあげるから」親戚も口々に大げさに心配する。こちらでは30過ぎて結婚しないのは奇人扱いなのだ。私は奇人。東京では一般的なのに。私は気まずくなりそそくさと帰ろうとした。東京に戻ろう。私は所詮此所の人間ではない。私は異邦人の気分だった。明日は仕事に復帰しないといけない事を理由に、私は2次会も行かず、親戚に挨拶をそそくさと終えると帰路につこうとした。「美咲 送っていこうか」振り返ると父が居た。どうやら私のためにお酒を飲まなかったらしい。私は頷く。20分程運転すると最寄りの駅に到着した。ひなびた田舎のローカル線 私は駅のロータリーに降り立った。ここから乗り継いで新幹線で東京に帰る。明日の出勤は早い。父は車を止めると少し煙草を吸いながら私に話しかける。「この駅から夜汽車に乗って東京まで行ったんだ」「夜汽車?」「夜行列車だ もう走ってないがな」父は東京の大学に進学するため此所を出た。東北の田舎町。辺鄙で閉鎖的で老人しか居ない。若い世代は都会に次々と旅立っていく。高齢者だけが取り残される。従妹の様な人間はまれだ。彼女は一生此所で暮らすのだろう。「お前の祖母さんが駅まで見送ってくれた。小さな傘をさしながら」「へー そうなの」父が亡くなった祖母の話をするのは久しぶりだった。「そういえば、お前は少し祖母さんに似てきたな」父は私の方を向いてぽつりという。「そうかな そうだといいんだけど」私はそういって答えた。父はタバコの火を消すとまた次の煙草を吸い始める。「お前も自立したし父さん定年になったら此所に戻ろうと思うんだ。此所には古くからの友人も居るし。祖母さんが死んで父さんが家を守らないといけない」「そうなんだ。でも母さんが承知するかな」「なにそのうち慣れるさ 住めば都だ」母は都会の空気というものに慣れすぎていた。ここに居たら窒息するのではないだろうか。そんな気がした。「仕事はどうだ」父は煙草の吸い殻を灰皿に捨てると言った。「うん 順調。偉そうなこと言えないけど」「そうか それは良かった」父は笑顔になった。そして少し無口になる。多分結婚はまだか。とも言いたいのだろうが、私に遠慮して言えない。そろそろ出発の時間が迫っている。「じゃ行くから」「うん元気でな たまには家に帰ってこい」「分かった」父は手を振ると車を走らせて去っていく。ローカル線の駅のホームには私だけが残された。30分に一本程列車が走る鄙びたローカル鉄道。父はここから東京に旅立った。祖母に見送られ、夜行列車に乗って。そして大学に進み就職し母と結婚して私が生まれた。父がこちらに戻ったら私は頻繁に会いにいくのだろうか。少し寒気がしてくる。秋のローカル線の駅で私は一人きりだった。