由依side
私は今すごく機嫌が悪い。
こういう時いつもなら理佐に散々愚痴を聞いてもらって、甘やかしてもらって、落ち着く。
だけどそれが出来ない今、私の機嫌は直る兆しすらない。
なぜそれが出来ないのか。
私の不機嫌の原因は理佐にあるから。
「ねぇ由依」
「そろそろ機嫌直してよ」
困ったような顔で私の頭を撫でる理佐。
いつもなら心地良いその手が今はあのシーンと重なって今は不快でしかない。
「うるさい」
理佐の手を振り払って理佐をキッと睨む。
でも理佐の顔を見るだけで色んなシーンがフラッシュバックしてきて吐き気さえ覚える。
「お仕事なんだから仕方ないじゃん」
「由依にもちゃんと事前に言ったよね、?」
「恋愛系だってこともそういうシーンがあるってことも」
「前回はこんなに嫌がらなかったじゃん…」
そう、理佐はちゃんと私に気を遣って事前に恋愛ドラマをやること、キスシーンとかちょっと過激なシーンがあること、ドラマに関することは教えてくれていた。
でも肝心なのはそこじゃない。
問題は理佐の相手が女性だってこと。
そりゃあもちろん相手が男性だって嫌だけど、女性だと余計に嫌。
無駄な対抗心が私の中に生まれてくる。
さらに嫌なのはそのお相手役の女優さんが理佐のタイプだし、プライベートでも仲良くしてるってこと。
しかも年上。
理佐が年上が好きなことくらいよく知っている。
何度もっと早く生まれていればと願ったことか。
「それとこれとは訳が違うじゃん」
「相手女性とか聞いてないし」
「オフショとかでもベタベタしちゃってさ」
「元々理佐はああいう年上のお姉さんがタイプだもんね」
「私みたいな年下のガキはタイプじゃないもんね」
言いたかったことを力任せに吐き出して、理佐の横をすり抜けようとする。
だけど急に胃から何かが迫り上がってくる感覚がして、咄嗟に口元を押さえる。
トイレまで何とか走って迫り上がってきたものを吐き出す。
口の中が酸っぱくて気持ち悪くて苦しい。
さっき暴言を投げつけたはずの理佐は怒る様子もなく私の背中をさすってくれる。
「気持ち悪いね、辛いね」
「全部吐いちゃいな」
具合が悪い苦しさと理佐に対する苦しさで涙が溢れてくる。
「大丈夫大丈夫」
「苦しいけど泣かないの」
「泣いたらもっと苦しいよ?」
「大丈夫だから、ね?」
泣きたくないのに、泣いちゃだめなのに。
涙が止まらない。苦しい。
胃の中のものを吐き出し終わって、頭がぼーっとしてくる。
「由依、まだ出る?」
静かに首を横に振ると理佐は「そっかそっか、頑張ったね」と言いながらまた頭を撫でてくれる。
それから口をゆすがせてくれて、ソファーにぐったりと座る。
吐き切ってすっきりして、でも心はすっきりしなくて、そんな私の後ろで私のために忙しなく動き回る理佐に心が痛む。
いっそのこと怒ってくれれば。そうすれば少し楽になるのに。
「りさ」
どうせ届かない。
そうわかった上で発した言葉。
予想外に届いてしまって、「どうした?」って心配そうな声が斜め後ろから降ってくる。
振り返ったら、顔を見たら、言いたいことを、言わなきゃいけないことを言えなくなってしまう気がして俯いたまま言葉を探す。
「…ごめんなさい」
「わがままでごめん」
「迷惑かけてごめん」
「…ごめんなさい」
言えた安堵と次の言葉への恐怖とこんな自分への不甲斐なさと色んな感情で涙が溢れてくる。
するといつの間にか前に回ってきていた理佐の綺麗な手が伸びてきて私の涙を拭ってくれる。
「大丈夫だから泣かないの」
「ドラマのこと、ほんとにごめんね嫌だったよね」
そんなことないってどこから来るのかわからない言葉を口にしようと顔をあげると理佐が申し訳なさそうな顔をしていて、それに余計に申し訳なくなって、苦しくなって沈黙が流れる。
少ししてまた空気が揺れる。
「私のタイプは由依だから」
驚いて理佐の顔を見ると真剣そのもので返す言葉が見つからない。
でも気付けば願望を口にしていた。
「キスして」
私の目にはもう理佐の唇しか映らない。
「え、いやまだ具合悪いんじゃ…」
戸惑ったように動くその唇にもどかしくなって、自分勝手に塞いでしまう。
「ちょっと由依っ…」
またうるさく動くからめんどくさくなって一層強く食むようにするとやっと大人しくなる。
しばらくそうして満足し久しぶりにその顔をを見ると熱に浮かされたような顔をしていて、それはテレビ越しじゃ見れないもので、優越感に浸る。
「由依…なんか、嬉しそうだね」
「うん、私だけの理佐だからね」
演技してる理佐よりこっちの方がずっと可愛くて、でも見れるのは私だけ。