だいぶ前の「わからない。」っていうお話を手直ししただけです




「別れよう」


たった一言。


その言葉だけで崩れてしまう私たちの関係。

でも理佐とはそんな言葉なんかで崩れるはずはないと思っていた。例え結婚が出来なかったとしても、私たちはこれからも愛し合って、ずっと一緒に生きていくんだと思っていた。

でもそれは私のとんだ思い上がりだったらしい。



いつも通りの仕事からの帰り道。

強いて言うなら、昨日理佐が私を高そうなレストランに連れて行ってくれて、よく映画でプロポーズのときに見るようなデートをしたくらい。そして夜は理佐にめちゃくちゃに愛されて、私は少し腰が痛い。


でもなんら変わりのない帰り道。家に着いたら、一緒に料理をして食べて、お風呂に入って、適当なタイミングで寝る。


そんなこと当たり前過ぎて考えてすらいなかった。でもそれが当たり前に2人で行われることはなかった。


マンションの前まで来たとき、突然理佐が足を止めた。


「理佐?どうかした?」


私の少し後ろで足を止める理佐に何でもないように問いかける。


 「由依」


呼ばれ慣れたその声。

でもどこか違くて、でもこの時の私には感じ取れなくて「ん?」なんて間抜けな返事。


 「…別れよう」


心臓が大きく跳ねる。血の気が引いていく。


 「え…?」

 「…え…と、何言ってんの?」


理解が追いつかなくはずもなく半笑いでそう言うことしかできなかった。


 「だから、別れようって」


二度目。

言葉の意味は痛いくらいに理解ができた。


 「は…?なに、急に…急におかしいじゃん!」


 「急じゃない…ずっと考えてた」


 「訳分かんない!」

 「じゃあ…じゃあ!昨日のは何⁉︎罪滅ぼしかなんかだったの?」


どうしたらいいかわからなくて。

でもこれから起こるであろうことを受け入れたくなくて、悲しみも驚きも焦りも全てを怒りに変えてぶつけることで精一杯だった。


声にならない声を小さく漏らし、それっきり黙る理佐。私は相変わらず怒りに頼ることしかできない。


 「黙ってないで何とか言ってよ…‼︎」


 「…ごめん」


 「何がごめんなの…!」


返事はない。

体感ではすごく長い沈黙が痛かった。


 「もういいよ…今までの全部嘘だったんだね。」

 「理佐は私のことなんか好きじゃなかったんだね。」


自分で言って苦しくなる。

苦しさを超えて吐き気すら感じる。


 「違うっ!…それは…違うから…」


 「だったら…だったら!何で別れなきゃいけないの⁉︎」


 「それは…」


歯切れが悪い。理佐らしい。

そういうところが大好きで大嫌い。だった


 「…っ…もういいよ…!」

 

 「ごめん…」


理佐はもう一度そう呟いた。物凄く苦しそうな顔をしながら。そして理佐は私から離れていった。


振るならせめてちゃんと振って欲しかった。

私はもうあなたを好きじゃないって言って欲しかった。悪びれる様子もなくそう言って欲しかった。


なのに、理佐は好きじゃないって言うどころか物凄く苦しそうな顔をしていた。

なんで振った理佐がそんな顔するの…?


心が押し潰されるような、心に爪を立てられるような、握り潰されるような、そんな感覚が私を襲う。


小さくなっていく理佐の足音。大きくなっていく心の穴。


私の思考は、体は、氷のように固まって動かない。溶けない。


思考も体も固まっているのに、動かないのに、涙は溢れて止まらない。心も体も冷たいのに、妙に温かい涙が頬を伝う。それが辛い。苦しい。


「別れよう」


たった一言。


その言葉一つで私たちは壊れてしまうのだと知った。私たちは普通のメンバーとの関係なんかよりよっぽど脆い関係だったらしい。