最近、ちょこちょこ残業をしている。

本日は残業に対する考え方について少し書いてみる。


私は、つい最近まで残業など殆どしない毎日であった。

仕事が無い、正確に言えば私が出来るような仕事が無い状態である。

次工程に向けての知識をただ読む毎日。

お陰でノルマも課せられず、適当に帰りたい時に帰る仕様であった。


ある時は家で気の済むまで寝、ある時は飲み屋に赴いたりしていた。


同期に対する罪悪感。

仕事能力に差を付けられる焦燥感。


多かれ少なかれ、早目に帰宅する時は持っていたと思う。


そんな私も、ここ一週間で漸く仕事らしい仕事をするようになってきた。

今までの基本設計工程の資料を眺め、そこから詳細設計書を作成していく。

解らない所は先輩に聞き、どうにかこしらえた成果物を簡単にレビューしてもらう。

指摘事項は完全に理解できないので、毎度同じことを聞いてはの繰り返しである。


次の作業に着手するには先行タスクと呼ばれる、前もって終わらせなければならない作業がある。

また、作業にはそれぞれ期限が設定されている。

私の担当する作業にも勿論それらが設定されており、私が終わらない事には進捗できない部分もあるのである。


最初の話に戻そう。

上記の理由より、ある程度終了目処を立てて作業を進捗させなければならない。

進捗が遅れた場合、まぁ今の私の状況なのだが、延ばし延ばしでやろうとしても限度がある。

そこで必要になるのが残業である。


正直私は残業について、一種のステータスだと思っている。

仕事が出来ず、やる事が無かった私にとって、残業は仕事がある人の必要悪であり、憧れの対象に見えていた。

よって、最近残業が増えてきた私は、疲労もストレスも溜まってはいたが、同時に誇らしさを感じていたのである。


だが、今日一日を振り返って思う。

本当に残業する必要があったのだろうか。

もっと効率良く動けたのではないか。


今日は4時間も残業して頑張った。

そうか、ならば成果物はどうなんだ。

時間を掛けた事には違いないが、クオリティは時間に全く比例していない。

時間圧縮は十分可能だったように思える。


上述した通り、あくまでも残業は「必要悪」であり、私が思っているような「誇れるもの」では決してないのである。

進捗報告をする時もそうだが、掛かった時間や個人の感想など要らない。(進捗管理上、遅滞状況の目安にはなるが。)

必要なのは、どこまで成果物を仕上げたかの結果と、それに対するレビューなのである。


残業は正義であり、会社員としての証。

ここまで極端な考えではないにしろ、正しいものとは言えない。

私の場合、本当に時間をぎりぎりまで詰め込んで尚発生するものではなく、無駄や非効率的な作業であるが故に発生するもので、言わば身から出た錆なのだ。

新入社員なのに残業までしてこんなに頑張っている、ではなく、

新入社員だからこそ残業が許されている、がどちらかと言うと正しい。


これから残業が当たり前になっていく。

その状況の中、どれだけ頑張って残業をするかではなく、どうやって残業せずに定時で帰るようにするか。

今後そういった考え方の方が必要になってくるのかもしれない。