あなたの幸せを犠牲にしないでください


あなたはあなたのために生きていい


あなたはあなたのために光っていい


もしあなたの犠牲が誰かの幸せならば


そんなものは辞めてほしい


誰かの犠牲によって成り立つ幸せは不幸です


それは幸せに見える不幸




誰かのために生きなさいと


あなたを犠牲にみんなのために生きなさいと言われました


でもそれをすると普遍的に不幸な社会ができあがります


不幸な集団ができあがります


不幸な塊ができあがります


なぜならば


誰かの幸せのために誰かが不幸になり


その不幸な誰かのために誰かが不幸になり


そのマインドにより起こる連鎖は


我慢と不幸のドミノになります


そのドミノはどこまでも続いていくでしょう


「わたしが我慢しているからあなたも我慢しなさい」


「みんな我慢しているからあなたも我慢しなさい」


「みんな苦しいから苦しいのも仕方ない」





冷静になって


誰かのために犠牲にならないといけないならば、この地球には不幸な人しかいなくなる


そこには幸せな人が存在していません


もしかするとこの地球ではそれが起こっているから争いが絶えないのかもしれない




だから、あなたを幸せにしてあげてください


誰かのために不幸にならないでください


誰かのためならば、幸せになってください


自分のために幸せになってください


あなたがあなたを幸せにしてあげてください


そのとき初めて争いがなくなるから


初めは難しいかもしれない


でもそれは不可能じゃない


犠牲になるのを辞め


不幸になるのを辞め


不幸を押し付けることをやめた時


そこにやっと平穏が訪れます


本当の平穏が本当の幸せがそこにはあります




あなたがあなたを許す時


あなたがあなたを抱きしめる時


あなたがあなたであることを喜ぶ時


その時にだけあなたが一本の光の芯としてそびえ立ちます



誰にも崩せない芯としてそこに立つことができます


そしてあなたの「そこにいる」という感覚が光として他の人間の芯にも波及します






その芯を支えるのは自分じゃないといけません


自分じゃないといずれ倒れてしまうから


自分じゃないと倒れることが決まっているから


もし他人によってあなたの芯が立っている時


その他人がその芯を押すと倒れてしまいます


その時あなたは奴隷です


誰かによって幸せがある時


誰かのせいで不幸にもなります


そして誰かのせいで不幸になる可能性がある時、あなたは誰も信じることができません


複雑に絡まり合ったカルマとして、信頼のない世界を生きることになります





自分の芯が立っている人は


他人を邪魔しません


それどころか、その姿を見て


周りの人たちも自分で立とうとするでしょう


自分で立つことができる人は、自分で立とうとする人を見て微笑み見守るでしょう


そして自分の芯で立っている人どうしは


信頼と共に


自由と共に


愛と共に


生きていきます





そこには疑いはありません


苦しさや辛さもありません


我慢もなければ


押し付けもなく


約束でさえも存在せず


でもなぜか共にいる


約束もないのになぜか共にいる


共に信頼が残り


束縛がないのになぜか愛がある


心配がないのになぜか問題もない


そんな人達になるでしょう




自分の芯がしっかりと自分で立っている時に


自由があります




自分の芯が他と絡まり合って動けない時


不自由があります




でも今もし、一人で立てないならば


それも大丈夫


あなたは一度も一人で立ったことがない


一人で立つのが未知の1人だから


赤ちゃんにとって成長が未知なのと同じ


つかまり立ちからよちよち歩きになって


その足でしっかりと立って歩くようになる


そんなふうに1人で立てる人間だから




時間がかかってもいい


すぐにできなくてもいい


焦らなくてもいい




それさえも微笑んで見てくれるから


それさえもいつか微笑んで眺められるようになってくるから




あなたがかつて赤ちゃんの時に見守られていたように


あなたが今、赤ちゃんの成長を見守るように


いつしか同様に苦しんでいる人たちを見守ることができるようになる




苦しくて辛くて泣くのは当たり前だよ


その涙は流してあげて欲しい


泣くことも許してあげて欲しい


その涙もいつの日か喜びの涙に変わるから


赤ちゃんだって泣いてたから


でもいつのまにか強くなってくる




どんな中でもちゃんと成長するあなただから


どんな中でも立派に成長するあなただから



大丈夫