金武町の観音寺に初もうでをしてきました。
我が家のお正月の恒例行事、
金武町の観音寺に初もうで出かけてきました、
境内では沢山の参拝者が訪れてにぎわっていました。
境内では沢山の参拝者が訪れてにぎわっていました。
境内のお地蔵様
西海岸に比べてローカル色の濃い沖縄本島の東海岸。
その真ん中あたりに大きな米軍基地、キャンプハンセンが有ります。
その横にあるのが金武町。
ここに高野山真言宗の金峯山金武観音寺、俗称観音寺があります。 沖縄では日本の一般的なお寺らしい雰囲気を持つ場所は多くありませんが、ここは別格。 昭和9年に火災で焼失した本堂は、昭和17年に再建されたまま戦火を免れた貴重な戦前の木造建築です。
ここに高野山真言宗の金峯山金武観音寺、俗称観音寺があります。 沖縄では日本の一般的なお寺らしい雰囲気を持つ場所は多くありませんが、ここは別格。 昭和9年に火災で焼失した本堂は、昭和17年に再建されたまま戦火を免れた貴重な戦前の木造建築です。
琉球八社のひとつでもあります。
伝承によると日秀上人により創建されたお寺だということで、16世紀前期、上人が紀伊の国より唐を目指して航海にでた途中、遭難して金武の富花に流れ着き、鍾乳洞を拠点とし布教活動を行い、観音寺を創建したと伝えられています。
その鍾乳洞は日秀洞と呼ばれ、現在は有料で拝観できるようになっていて、泡盛の酒蔵としても利用されています。
本堂には立派な護摩壇が設えられていて、真言密教寺院独特の年の干支を切り抜いた紙が張られていました。
伝承によると日秀上人により創建されたお寺だということで、16世紀前期、上人が紀伊の国より唐を目指して航海にでた途中、遭難して金武の富花に流れ着き、鍾乳洞を拠点とし布教活動を行い、観音寺を創建したと伝えられています。
その鍾乳洞は日秀洞と呼ばれ、現在は有料で拝観できるようになっていて、泡盛の酒蔵としても利用されています。
本堂には立派な護摩壇が設えられていて、真言密教寺院独特の年の干支を切り抜いた紙が張られていました。