後生は雨垂れの下 グソーヤ アマダイヌ シチャ | 猿の残日録

猿の残日録

いろんなことがあるが、人生短いから前だけを見たほうがいいですよ。江原啓之 今宵の格言

ごしょうはあまだれのした
沖縄方言では、グソーヤ アマダイヌ シチャ

沖縄言葉(うちなーぐち) ちょっといい話
藤木勇人 (ふじきはやと) 2009年6月発行

2001年に放送されたNHKの『ちゅらさん』シリーズ
ゆがふ店長役 で印象的な人 61年生まれ 当時40才

10か月前に少しだけ日記に書いた本をまた借りました

沖縄ではいまでも「あの世」はおうちの庇(ひさし)の下
ぐらい近くにあるといわれているんですねぇ


グソー とは、後生(ごしょう) あの世のこと
沖縄ではあの世はあまり遠くなく、この世との垣根も低い


ここから 本文引用

身内の話になりますが、7年ほど前、亡くなったオジィ(祖父)
の洗骨をいたしまして。
実は、うちのオジィの墓は奄美大島にあります

いまじゃ奄美地方は鹿児島県ですが、かっては
琉球王朝の群島だったんですよ

沖縄では洗骨って言葉、聞かなくなりましたが
少し前までは沖縄にも洗骨の慣習があったんです

奄美にはそんな琉球時代からの名残がいまも残っているんですねぇ

洗骨というのは、読んで字のごとく、骨を洗うんです
人が亡くなった後、お墓に遺体を安置して数年経ったのちに
骨を拾い出して洗い、骨壺に納めて改葬する儀式のことでして

いやぁ、本当は僕の仕事じゃなくて親父の仕事だった
ところが、「そのうちに、そのうちに」と洗骨を避けてるうちに
親父は自分が逝っちゃった

たぶんですねぇ、父親の亡骸を「見たくなかった」か「怖かった」か
のどっちかだったと思うんです
そんなこんなで、30年近くも前に逝ったオジィの洗骨は兄貴と僕の
仕事になってしまったのであります

僕にしたらねぇ、怖いとかそんなことより、「やらんといかん」
という責任のほうが先に立つわけですよ
昔は洗骨は女性の仕事だったらしいですねぇ
生き死にに関しては、確実に女性のほうが強いですから

洗骨しに行くと決めて、奄美の親戚のオジィやオバァにまず連絡
したわけです

当日、墓に行くと、オジィたちがツルハシやスコップやらを持って
待ちかまえていまして
土葬ですから墓を全面的に掘り起こすんです
もう親戚中、しびれを切らして待っていたみたいで
「いったいいつ、洗骨にくるのかねぇ」と20ン年
そんなオジィ、オバァたちのパワーに僕たち兄弟は圧倒されながら
洗骨は無事に完了しました

その晩のことでありました
親戚のうちでの大宴会でしこたま酒を飲んで、ふいとトイレに
立ったんです
そこまではなんとなく覚えている
だけど、そこから記憶が途絶えて・・・・・・
兄貴の話によると、なかなかトイレから戻ってこないので様子を見に
いったら、手洗いのところで鏡を見ながらブツブツ話していたと

近寄ってみると、僕が死んだ親父と話をしている様子だったというんです
兄貴にも親父の姿が見えたわけではなく、僕のひとり言からそう推測
したらしい

気味が悪いので兄貴はその場から退散したそうですが
その晩の宿までの車中でも、僕はずーっとブツブツ話してたらしい

翌朝、兄貴に聞かれまして
「昨日は気味が悪かったんだぞぉ いったいなにを話してたんだ」
でも、当の自分は記憶がない
しばらくじーっと考えていたら・・・・・・・・思い出したんです
確かに親父が現れて、話をしたんですよ

兄貴は「親父といったいなにを話したんだ」とさかんに聞きたがりますが
僕は口を濁した

なんせ出てきたのは、生きてるときのまんま、軽いノリの親父
人間、あの世に行ったら「仏様」というぐらいだから、少しぐらい
聖人に近づいているかと思うじゃないですか
でも、死んでも性格は変わらないみたいです

兄貴があまりにせがむので話しましたけどね
ガッカリしてました 兄貴も
「死んでも変わらんな、親父」って

  (中略)


ところで、あれから親父、一度も出てきません
気にかかってたことが片づいたんで、気がすんだのでしょ
だいたいね 出てきたら子どもたちに言われることわかってるはず
ですから

「エッ  借金  父ちゃんが死んだら、チャラになったでしょ」
「なにがチャラだよ、親父  残してった借金でこっちがどんだけ
ナンギ(難儀)してるかっ
「なに言ってる そのお金は、おまえたちを育てたお金だよ~」
なんてねぇ(笑)