
「私の名は喪黒福造、人呼んで笑ゥせぇるすまん。
ただのセールスマンじゃございません。
私の取り扱う品物は心、人間の心でございます。ホーホッホッ…」
「この世は老いも若きも男も女も、心のさみしい人ばかり、
そんな皆さんの心のスキマをお埋め致します。
いいえ、お金は一銭もいただきません。
お客様が満足されたらそれが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は…」
で始まる「笑ゥせぇるすまん」。
喪黒福造の行きつけは「BAR魔の巣」だけど、
「スナック凛」は、どことなくそんな雰囲気をかもし出している。
(何度も念を押しとくけど、私の独断で勝手な邪推だよ!)
さて、ママさんがどんな人なのか?
とっても興味深いので、怖いもの見たさで、
しばらく店の近くをウロウロしてたけど、
痴呆みたいなオバアが徘徊してると近所の人から通報されても困るし、
RIN(凛)君が暴れ出したために、やむなく撤収した。
私の知人は、初めて入るスナックでは、
入口の扉で内部の様子が判らない場合、
まずいきなり扉を勢いよく開けて、内部を瞬時に観察した上で、
「あ、間違えました!」
と言って、一度扉を閉めるらしい。
それを何軒か繰り返して、雰囲気的に合いそうな店を決め、
「ここで待ち合わせなんですけど」
とママさんに言うと、常連価格で飲めるらしい。
もちろん、
「誰と待ち合わせしてるのか?」
という質問には、徹底的にはぐらかすらしい。
…、なんか、めんどいよね。
ふつうの飲食店ならともかく
行ったことがないスナックは敷居が高く入りづらい。
扉の外まで、
「波の谷間に~、命の花が~」
なんて兄弟船とかのヘタな歌が聞こえてこようものなら、
その店にはもう絶対入りたくないと、私は決心してしまうものだ。
そうまでしてスナック開拓をしなくても、
スーパーで缶ビールやつまみを買って、
公園やビーチで飲めばいいのに。
ついでに蚊取り線香もあれば、なおいいね。
パープル・シャドウズの「小さなスナック」が大ヒットした1968年(昭和43年)は、
・メキシコオリンピック開幕
・3億円強奪事件
・小笠原諸島が日本に復帰
・ベトナム戦争で米軍が北爆一時停止
(1972年北爆再開、73年パリ和平協定で米軍撤退、75年南ベトナム政府崩壊、76年南北が統一)
といった年で、
日清食品の出前一丁やサンヨー食品のサッポロ一番みそラーメンが出始めたのも
この1968年から。
なので、私は出前一丁は忘れられない味なんだよね。
大塚食品工業から世界初の市販用レトルトカレーとしてボンカレーが発売されたのも、
この1968年から。
沖縄では、なぜかパッケージがレトロのままなんだよね。
私が沖縄に移住した時に、スーパーでレトロタイプのボンカレーを見て、
思わず裏面の賞味期限を確認してしまったよ。
「スナック」の正しい名称は「スナックバー」、
本来は、
「カウンター形式で簡単な食事や飲物・酒類を提供する、接待のない軽食堂」
を意味するらしい。
なので、本来のスナックとは、今のバーやクラブに近い形式より、
喫茶店に近い意味合いだった。
1964年(昭和39年)の東京オリンピック開催に際して、
東京都が、都条例によって風俗営業店における深夜の酒類販売を禁止、
この規制を避けるため、バーなど多くの酒場が、
保健所の許可だけで営業できる飲食店に形だけ変更して、
「スナック凛」みたいに店名を変えながら、
実質的に従来と同じ形で営業を続けた。
このスタイルが全国に広まり、
スナックがバーや居酒屋など酒場の1形式として定着したらしい。
なので、現在の一般的なスナックのイメージは、
カウンター越しにママさん、ホールにはホステスがいて、
カラオケを楽しんだり、おしゃべりをしたり、
郊外では冴えないおっさんがジルバとか踊ったりするような店を
イメージするはず。
こうなると、風営法としては、営業に「接待行為」が加わり、
保健所の許可のほかに、
深夜酒類提供飲食店として所轄の警察に営業許可も必要になるらしい。
気軽に営業出来るのかと思ったら、けっこう面倒だよね。
郊外や田舎の場末のスナックは、
決定的に立地条件が良くないし、
おまけに、大月みやこさんとか上沼恵美子さんみたいな老ママが
ひとりで経営してるケースが多い。
老ママだけでホステスがいないのでは、
疑似恋愛目的にやって来る客も寄りつかないし、
老ママが、料理研究家とか元一流シェフという可能性も低いだろうから、
料理や酒が上手いから客が来るとも思えない。
ヤらしいおっさんが疑似恋愛したければキャバクラに行くだろうし、
料理や酒が目的なら居酒屋でもいいわけだから。
そう考えると、場末のスナックの存在意義とはなにか?
そもそも、なぜ場末のスナックがつぶれないのか?
というのが気になる。
沖縄本島最北の国頭村、
ここの役場がある村の最大の町・辺土名(へんとな)には
・エン(YEN)
・八重
・ちゅらさん
・みなみ
・ローズ
・きら
・花花
・ふるさと
・島
・ハイビスカス
など、さびれた辺土名社交街にもかかわらず
スナックが10軒以上並んでいる。
老ママが高齢で開店休業中とか、
すでに廃業とかの店もあるだろうけど、
店構えは「スナック凛」と同等。
かつて、国道や県道、林道の道路建設や多目的ダム建設、
農地開発、漁港整備などの公共事業で社交街が潤っていた
古き良き懐かしい時代を想い起こさせるけど、
今は「平家物語」の冒頭、
「祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹(しゃらそうじゅ)の花の色、
盛者(じょうしゃ)必衰の理をあらは(わ)す。
おごれる人も久しからず、
唯(ただ)春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏(ひとえ)に風の前の塵(ちり)に同じ」
が浮かび、うら寂しさを感じる。
公共事業最盛期当時、ママさんたちは、
さぞ魅力的な女性であったに違いない。
私の住んでる場所の地主も、
公共事業全盛時の青年時代には、
「辺土名社交街の全スナックを一夜で踏破した」
というのが自慢なんだけど、
それだけ繁盛した時代があったんだね。
場末のスナックは、一般にママさんの自宅兼店舗が多い。
ということは、家賃がかからない。
これは大きなメリットだよね。
老ママは年金をもらってる年代の人もいるだろうけど、
固定客が10人もいれば、
それが毎日店に来ないと仮定しても、
沖縄であれば、十分食べていける可能性が高い。
スナックの経費といえば、
・従業員の給料
・家賃
・光熱費
・カラオケ
・酒代
・おつまみ代
などのはずで、
老ママひとりで自宅兼用で運営するなら、
原価自体は相当安いと推察できる。
場末のスナックの老ママは、
例えば
「地方公務員とか民間会社の定年を契機にスナックを新規開業する」
ということは考えられない。
客商売未経験者では、タフさが必須のスナックのママさんは絶対ムリ。
一般にキャバクラ嬢の営業を考えると、日中に客の名刺に
かたっぱしからメールや電話攻勢をかける、
一種の「釣り」戦略を展開している。
こうして、ヤらしいオッサンを同伴とかアフターとか、
店に来る約束を取り付ける努力をしている。
こういう戦術は、昔から変わらないはずで、
場末スナックのママさんも、若い頃には
ピチピチした美形だった輝かしい時代があり、
若い頃からテルアポ戦術を必死に、徹底して行い、
「雨垂(あまだ)れ石を穿(うが)つ」
雨垂れであっても、長い年月の間には、石に穴をあけることができるように、
微力であっても、根気よく続ければ大きな成果を得られる、
ということわざのごとく、
長い年月をかけて固定客を確保してきたはず。
ママさんがピチピチした美形を保っていた頃は、
客の男にとっては擬似恋愛と判っていながら、
「もしかして」と思う気持ちをくすぐられて、
つい店に通った不届き者も多数いたはずで、
その押したり引いたりの営業トークが、
かつてはカウンター越しに展開されたことだろう。
ママさんや客は、共に年齢を重ねるうちに、
一種の仲間というのか
いつしか戦友のような気持にお互いが変わっていき、
仕事の話からプライベートな話まで、
何でも気軽にママさんと話をしたり相談できる信頼関係が
構築されていったに違いない。
胆のすわったママさんには、独自の常識論や人生観があり、
ラジオのテレフォン人生相談でいえば、
マドモアゼル愛さんみたいに、わけがわからないことを言うのではなく、
大原敬子さんのような、問題点を整理し、
ビシッと適確な励まし技法的意見を言い、
さらに口が固いのであれば、愚痴を聞いてもらうだけでも
店に行く価値は十分あるはずだと思う。
ママさんが年老いても決して離れることのない常連客、
いわばママさんのファン客、応援団が、
そうして増えていったのだと思う。
沖縄では「模合(もあい)」があるから、
ママさんが3、4グループの模合に参加していれば、
最低でも月に1,2回はママさんの店で飲食してもらえる可能性も高い。
そう考えると、深い信頼関係の固定客が10人もいれば、
客単価がべらぼうに安いとしても、
店がつぶれることはなさそうだ。
要は、ママさんは、
「いかにお客と親身で深いコミュニケーションをとり続けることができるか」
に尽きる。
こういう場末のスナック商法は、他の業種、例えばカフェでも参考になるはず。
・常連客というストック収入をまず確立して安定した売り上げをつくりだす
・利益が出せる体制をつくれれば、経営の安定化が図れる
ことになり、
高望みさえしなければ、
常連客による売上収入は長く安定する財産と成りうるのだけど、
逆に言えば、
「固定客がつかめないビジネスは、先細りになり潰れる危険性がある」
といえるはず。
場末のスナックのママさんのように、
「客をひとりひとり大事に、常連客にしていく」
「一度つかんだお客は、しっかりアフターフォローをして固定客にしていく」
「固定客は自分のファンにして真の固定客にする」
というのは、
「おもてなし」とか「思いやり」であり、
ママさんの人間性がとても大事な要素となりそうだ。
そう考えると、
「心のすきまを埋める」
のが喪黒福造であれば、
その取り扱う品物は「人間の心」だから、
ママさんは良い意味での喪黒福造なのかもね。
「たかが場末のスナック、されど場末のスナック」
場末のスナックも、なかなか侮れないね。