ハイサイ、RIN(凛)です
沖縄には先週大寒波が襲来したのに、私は素足でいたり
薄い掛け布団で寝ていたので風邪を引いてしまい、
また、12月11日の新月から昨日19日の上弦の月までが
樹木では根に水分が下りる、つまり剪定の最適期ということもあり、
ブログは一時お休みにして、防風林のハイビスカスの選定作業に
没頭していた。
昨日は、新垣義雄先生から、
「28日(月曜)に行くからよ」
と、電話があった。
わざわざ本島南部の与那原町から3時間近くもかけて来るのは、
1つ目は
「RIN(凛)君がどうなっているか?」
2つ目は
新垣先生は沖縄の食品販売の大手・湧川商会の会長の従弟(いとこ)に当たり、
賞味期限切れの食品を琉球犬に食べさせていて、
それを我が家にもおすそ分けしようとしているに違いない。
なので、私も賞味期限切れの食品は、新垣先生のおかげで
平気で食べられるようになってしまった。
南風原町在住時代から、
今春亡くなったラブラドールレトリーバーのRIU君の主治医が新垣先生になり、
賞味期限切れ食品を頂くようになったのはそれ以降だから、、
もうかれこれ10年以上経つことになる。
最初の頃は、
「これ、食べても大丈夫なの?」
と思ったけどね、今はヘイチャラ。
身体も異変も何もないよ。
人間ってけっこう丈夫みたい。
今日は、コザ暴動が起きてから45年目を迎えた。
私が中学3年生の頃、新聞に10cm角程度で、この記事が出ていたのを覚えている。
ナイチャーは「コザ暴動」といっても知らない人が多い。
というか、そういう報道もされないし、沖縄について無関心の人が多いよね。
沖縄が復帰する2年前、ベトナム戦争のさなかの1970年(昭和45年12月20日、
米軍関係者の車両約80台が焼き討ちされる「コザ騒動」がコザ市で起きた。
通行人をはねた米兵運転手を、米軍憲兵隊が現場から帰そうとしたため、
居合わせた人々が猛烈に抗議、
憲兵隊が威嚇発砲すると、人々の怒りは頂点に達し、コザ騒動に発展した。
米軍からすると沖縄は戦利品だから何をしても許されると犯罪や事故が多発、
米兵が検挙されても治外法権の基地内に入ったり、
米国へ戻ってうやむやになったり、ウチナーンチュの泣き寝入りが続いていた。
暴動の前日は、嘉手納飛行場の弾薬庫からの毒ガス移送に関する県民大会が開催され、
さらに約1週間前には住民をひき殺した米兵に対する無罪判決もあって、
民衆の怒りは頂点に達していたことが暴動の布石としてあった。
ナイチャーは、沖縄が400年以上も植民地として
蹂躙(じゅうりん)されてきたことを知るべき。
そのへんがよく判ってないから
「辺野古の新基地くらいのことで騒ぐな」
とか
「辺野古に反対するなら沖縄振興費3000億円を止めるべき」
とかを言い出す人がいる。
そういう無知な発言を聞くと、恥ずかしくがっかりする。
今日は全国高校駅伝が行われる。
京都市西京極総合運動公園陸上競技場発着のコースで、
女子は5区間21.0975km(10時20分スタート)、
男子は7区間42.195km(12時30分スタート)で行われる。
例年は全国の都道府県代表47校での争いだけど、
今年は京都開催50年を記念して、各地区代表校なども参加することになり、
男女各59校が出場することになっている。
沖縄県の代表は、男子はコザ高校(6回目)、
女子は北山(ほくざん)高校(4回目)。
私は沖縄に移住しているので、
高校野球でもゴルフでも何でも沖縄代表を応援している。
もちろん、今日の駅伝代表の男女2校も応援しているよ。
けど、沖縄代表は、男女ともおそらくブービーかしんがり負けの可能性が高い。
これは毎年、だいたいこういう結果になっている。
翌日の新聞に書かれている監督や主将の負けセリフも決まっていて、
「寒かった」
「沿道の観客が多かった」
というのだけど、
本当の理由は、実力不足と駅伝の実戦に即した練習をしていないこと。
駅伝は第1走者は同時スタートだけど、
第2走者からはバラバラで走ることになる。
第2走者あたりは、芋を洗うような状態、
つまり前にも後ろにも選手がゴロゴロいて、
追い抜かれたり追い抜いたり、
自分のペースが判らなくなって、後半バテてしまうことが多い。
沖縄の第3走者以降は、沖縄は定位置のブービーあたりになっていて、
前の選手が数百mも先を行ってしまい、
競り合うことなく、目標もなく1人で走ることになり、
ペースがよく判らないまま、少しでも追いつこうと
前半オーバーペースになって自滅してしまう。
沖縄の、特に駅伝の練習では、集団走とかインターバルとかをやるのだけど、
それだけでは「駅伝っぽい基本練習」でしかない。
もっと実践向けの練習をしないと、いつまで経ってもブービーのままだと思う。
ちなみに、約半年も雪で閉ざされる北海道代表は、
男女とも20位前後に毎年入っている。
沖縄が北海道に負けるなんて…。
「沖縄は夏、暑いからさ」
というかもしれないけど、
「北海道は寒いからさ」
というのと同じこと。
暑さを理由にしていたら、熱帯地域に住む人々は
スポーツなんかムリ、ということになってしまう。
出来ない言い訳よりも、沖縄に適した練習を工夫することが大事だと思う。
南風原町在住時に、当時の教育委員会の人が
「ヤマトンチュから教わることは何もない」
と言っていた、と知人から聞いたので(モアイの席で言っていたらしい)、
私も駅伝の実戦練習のヒントになることは以降言わないことにしている。
さて、10時20分の女子のスタートも迫ってきたね。
沖縄には先週大寒波が襲来したのに、私は素足でいたり
薄い掛け布団で寝ていたので風邪を引いてしまい、
また、12月11日の新月から昨日19日の上弦の月までが
樹木では根に水分が下りる、つまり剪定の最適期ということもあり、
ブログは一時お休みにして、防風林のハイビスカスの選定作業に
没頭していた。
昨日は、新垣義雄先生から、
「28日(月曜)に行くからよ」
と、電話があった。
わざわざ本島南部の与那原町から3時間近くもかけて来るのは、
1つ目は
「RIN(凛)君がどうなっているか?」
2つ目は
新垣先生は沖縄の食品販売の大手・湧川商会の会長の従弟(いとこ)に当たり、
賞味期限切れの食品を琉球犬に食べさせていて、
それを我が家にもおすそ分けしようとしているに違いない。
なので、私も賞味期限切れの食品は、新垣先生のおかげで
平気で食べられるようになってしまった。
南風原町在住時代から、
今春亡くなったラブラドールレトリーバーのRIU君の主治医が新垣先生になり、
賞味期限切れ食品を頂くようになったのはそれ以降だから、、
もうかれこれ10年以上経つことになる。
最初の頃は、
「これ、食べても大丈夫なの?」
と思ったけどね、今はヘイチャラ。
身体も異変も何もないよ。
人間ってけっこう丈夫みたい。
今日は、コザ暴動が起きてから45年目を迎えた。
私が中学3年生の頃、新聞に10cm角程度で、この記事が出ていたのを覚えている。
ナイチャーは「コザ暴動」といっても知らない人が多い。
というか、そういう報道もされないし、沖縄について無関心の人が多いよね。
沖縄が復帰する2年前、ベトナム戦争のさなかの1970年(昭和45年12月20日、
米軍関係者の車両約80台が焼き討ちされる「コザ騒動」がコザ市で起きた。
通行人をはねた米兵運転手を、米軍憲兵隊が現場から帰そうとしたため、
居合わせた人々が猛烈に抗議、
憲兵隊が威嚇発砲すると、人々の怒りは頂点に達し、コザ騒動に発展した。
米軍からすると沖縄は戦利品だから何をしても許されると犯罪や事故が多発、
米兵が検挙されても治外法権の基地内に入ったり、
米国へ戻ってうやむやになったり、ウチナーンチュの泣き寝入りが続いていた。
暴動の前日は、嘉手納飛行場の弾薬庫からの毒ガス移送に関する県民大会が開催され、
さらに約1週間前には住民をひき殺した米兵に対する無罪判決もあって、
民衆の怒りは頂点に達していたことが暴動の布石としてあった。
ナイチャーは、沖縄が400年以上も植民地として
蹂躙(じゅうりん)されてきたことを知るべき。
そのへんがよく判ってないから
「辺野古の新基地くらいのことで騒ぐな」
とか
「辺野古に反対するなら沖縄振興費3000億円を止めるべき」
とかを言い出す人がいる。
そういう無知な発言を聞くと、恥ずかしくがっかりする。
今日は全国高校駅伝が行われる。
京都市西京極総合運動公園陸上競技場発着のコースで、
女子は5区間21.0975km(10時20分スタート)、
男子は7区間42.195km(12時30分スタート)で行われる。
例年は全国の都道府県代表47校での争いだけど、
今年は京都開催50年を記念して、各地区代表校なども参加することになり、
男女各59校が出場することになっている。
沖縄県の代表は、男子はコザ高校(6回目)、
女子は北山(ほくざん)高校(4回目)。
私は沖縄に移住しているので、
高校野球でもゴルフでも何でも沖縄代表を応援している。
もちろん、今日の駅伝代表の男女2校も応援しているよ。
けど、沖縄代表は、男女ともおそらくブービーかしんがり負けの可能性が高い。
これは毎年、だいたいこういう結果になっている。
翌日の新聞に書かれている監督や主将の負けセリフも決まっていて、
「寒かった」
「沿道の観客が多かった」
というのだけど、
本当の理由は、実力不足と駅伝の実戦に即した練習をしていないこと。
駅伝は第1走者は同時スタートだけど、
第2走者からはバラバラで走ることになる。
第2走者あたりは、芋を洗うような状態、
つまり前にも後ろにも選手がゴロゴロいて、
追い抜かれたり追い抜いたり、
自分のペースが判らなくなって、後半バテてしまうことが多い。
沖縄の第3走者以降は、沖縄は定位置のブービーあたりになっていて、
前の選手が数百mも先を行ってしまい、
競り合うことなく、目標もなく1人で走ることになり、
ペースがよく判らないまま、少しでも追いつこうと
前半オーバーペースになって自滅してしまう。
沖縄の、特に駅伝の練習では、集団走とかインターバルとかをやるのだけど、
それだけでは「駅伝っぽい基本練習」でしかない。
もっと実践向けの練習をしないと、いつまで経ってもブービーのままだと思う。
ちなみに、約半年も雪で閉ざされる北海道代表は、
男女とも20位前後に毎年入っている。
沖縄が北海道に負けるなんて…。
「沖縄は夏、暑いからさ」
というかもしれないけど、
「北海道は寒いからさ」
というのと同じこと。
暑さを理由にしていたら、熱帯地域に住む人々は
スポーツなんかムリ、ということになってしまう。
出来ない言い訳よりも、沖縄に適した練習を工夫することが大事だと思う。
南風原町在住時に、当時の教育委員会の人が
「ヤマトンチュから教わることは何もない」
と言っていた、と知人から聞いたので(モアイの席で言っていたらしい)、
私も駅伝の実戦練習のヒントになることは以降言わないことにしている。
さて、10時20分の女子のスタートも迫ってきたね。