ハイサイ、RIN(凛)ですニコニコ




























2001年(平成13年)の大学入試センター試験「国語Ⅰ 本試験」で、
「デューク 江國香織(講談社)」 の全文が出題された短編で、
試験中にその文章を読んで泣き出す受験生が続出したことで有名になった作品。
このセンター試験の受験生は、もう14年前だから、32~33歳なんだね。
この当時は私は糸満市阿波根(あはごん)に住んでいて、
広い庭でコーヒーの栽培を始めて、黒ポットやケンンガイ鉢では苗木を、
45リットルのゴミ箱用ポリペールで5本の成木を栽培していた。
台風の時は、室内に段ボールと新聞紙を敷き詰めて、
大量の苗木や鉢を入れたり出したり、
台風が何度も来て、大変だったさ~。
名護市立図書館で、この有名な本を見つけて
思わず借りてしまった。
以下、全文。

【ウインクではなくて、左目上のまぶたが虫刺されで腫れて閉じられないみたいだね~】

歩きながら、私は涙が止まらなかった。
二十一にもなった女が、びょおびょお泣きながら歩いているのだから、
他の人たちがいぶかしげに私を見たのも、無理のないことだった。
それでも、私は泣きやむことができなかった。
デュークが死んだ。
私のデュークが死んでしまった。
私は悲しみでいっぱいだった。
デュークは、グレーの目をしたクリーム色のムク毛の犬で、
プーリー種という牧羊犬だった。
わが家にやってきた時には、
まだ生まれたばかリの赤んぼうで、廊下を走ると手足がすべってぺたんと開き、
すーっとおなかで滑ってしまった。
それ がかわいくて、名前を呼んでは何度も廊下を走らせた。
(そのかっこうがモップに 似ていると言って、みんなで笑った。)
たまご料理と、アイスクリームと、梨が大好物だった。
五月生まれのせいか、デュークは初夏がよく似合った。
新緑のころに散歩に連れていくと、匂(にお)やかな風に、
毛をそよがせて目を細める。
すぐにすねるたちで、すねた横顔はジェームス・ディーンに似ていた。
音楽が好きで、私がピアノを弾くと、いつもうずくまって聴いていた。
そうして、デューク はとても、キスがうまかった。
死因は老衰で、私がアルバイトから帰ると、まだかすかに温かかった。
ひざに頭をのせてなでているうちに、いつのまにか固くなって、
冷たくなってしまった。
デュークが死んだ。
次の日も、私はアルバイトに行かなければならなかった。
玄関で、妙に明るい声で「行ってきます」を言い、
表に出て ドアを閉めたとたんに涙があふれたのだった。
泣けて、泣けて、泣きながら駅まで歩き、泣きながら改札で定期を見せて、
泣きながらホームに立って、泣きな がら電車に乗った。
電車はいつものとおり混んでいて、かばんを抱えた女学生や、
似たようなコートを着たお勤め人たちが、
ひっきりなしにしゃくりあげている私を遠慮会釈なくじろじろ見つめた。
「どうぞ。」
無愛想にぼそっと言って、男の子が席を譲ってくれた。
十九歳くらいだろうか、白いポロシャツに紺のセーターを着た、
ハンサムな少年だった。
「あリがとう。」
蚊の鳴くような涙声でようやく一言お礼を言って、わたしは座席に腰かけた。
少年はわたしの前に立ち、私の泣き顔をじっと見ている。
深い目の色だった。
私は少年の視線にいすくめられて、なんだか動けないような気がした。
そして、いつのまにか泣きやんでいた。
私の降りた駅で少年も降り、私の乗り換えた電車に少年も乗り、
終点の渋谷までずっと一緒だった。
どうした の、とも、だいじょうぶ、とも聞かなかったけれど、
少年はずっとわたしのそばにいて、
満員電車の雑踏から、さりげなくわたしをかばってくれていた。
少しずつ、わたしは気持ちが落ち着いてきた。
「コーヒーごちそうさせて。」
電車から降リると、私は少年に言っ た。
十二月の街は、慌ただしく人が往(い)き来し、からっ風が吹いていた。
クリスマスまでまだ二週間もあるのに、あちこちに ツリーや天使が飾られ、
ビルには歳末大売リ出しの垂れ幕がかかっていた。
喫茶店に人ると、少年はメニューをちらっと 見て、
「朝ご飯、まだなんだ。オムレツも頼んでいい」
ときいた。
私が、どうぞ、と答えると、うれしそうにニコっと笑った。
公衆電話からアルバイト先に電話をして、
風邪をひいたので休ませていただき ます、と言ったのを聞いていたとみえて、
私がテーブルに戻ると、
「じゃあ、今日は一日暇なんだ」
少年はぶっきらぼうに言った。
喫茶店を出ると、わたしたちは坂を上った。
坂の上にいいところがある、と少年が言ったのだ。
「ここ」
彼が指さしたのは、プールだった。
「冗談じゃないわ。この寒いのに」
「温水だから平気だよ」
「水着持ってないもの」
「買えばいい」
自慢ではないけれど、私は泳げない。
「いやよ、プールなんて」
「泳げないの」
少年がさもおかしそうな目をしたので、私はしゃくになリ、
黙ったまま財布から三百円出して、入場券を買ってしまった。
十二月の、しかも朝っぱらからプールに 人るような酔狂(すいきょう)は、
私たちのほか誰もいなかった。
おかげで、その広々としたプールを二人で独占してしまえた。
少年はきびきびと準備体操を済ませて、しなやかに水に飛び込んだ。
彼は、魚のように上手に泳いだ。
プールの人工的な青も、カルキの匂いも、反響する水音も、
私にはとても懐かしかった。
プールなど、いったい何年ぶリだろう。
ゆっくり水に人ると、からだがゆらゆらして見える。
突然ぐんっと前に引っぱられ、ほとんど転ぶようにうぶつ伏せになって、
私は前に進んでいた。
まるで、誰かが私の頭を糸で引っぱってでもいるように、
私はどんどん泳いでいた。
すっと、糸を引く力が弱まった。
慌てて立ちあがって顔をふくと、もうプールのまん中だった。
三メートルほど先に少年が 立っていて、私の顔を見てにっこり笑った。
私は、泳ぐって、気持ちの いいことだったんだな、と思った。
少年も私も、ひと言も言わずに泳ぎ回り、少年が、
「上がろうか」
と言ったときには、壁の時計はお昼をさしていた。
プールを出ると、私たちはアイスクリームを買って、食べながら歩いた。
泳いだあとの疲れも心地よく、アイスク リームの甘さは、舌にうれしかった。
このあたりは、少し歩くと閑静な住宅地で、
駅の周りの喧騒(けんそう)がうそのようだった。
私の横を歩いている少年は背が高く、端正な顔立ちで、
私は思わず ドキドキしてしまった。
晴れた真昼の、冬の匂いがした。
地下鉄に乗って、わたしたちは銀座に出た。
今度は私が、「いいところ」を教えてあげる番だった。
裏通りを十五分も歩くと、小さな美術館がある。
目立たないけれどこぢんまりとした、いい美術館 だった。
私たちはそこで、まず中世イタリアの宗教画を見た。
それから、古いインドの細密画を見た。
一枚一枚、丹念に見た。
「これ、好きだなあ。」
少年がそう言ったのは、くすんだ緑色の、
象と木ばかりをモチーフにした細密画だった。
「古代インドはいつも初夏だったような気がする」
「ロマンチストなのね」
私が言うと、少年は照れたように笑った。
美術館を出て、私たちは落語を聴きに行った。
たまたま演芸場の前を通って、少年が落語を好きだと言ったからなのだが、
いざ中に人ると、私はだんだんゆううつになってしまった。
デュークも、落語が好きだったのだ。
夜 中に目が覚めて下に降リたとき、消したはずのテレビがついていて、
デュークが ちょこんと座って落語を見ていた。
父も、母も、妹も信じなかったけれど、本当に見ていたのだ。
デュークが死んで、悲しくて、悲しくて、息もできないほどだったのに、
知らない男の子とお茶を飲んで、プールに行って、散歩をして、美術館をみて、
落語を聴いて、私はいったい何をしているのだろう。
出し物は「大工しらべ」だった。
少年はと きどき、おもしろそうにくすくす笑ったけれど、
私は結局一度も笑えなかった。
それどころか、だんだん心が重くなリ、落語が終わって、大通りまで歩いたころには、
もうすっかり、悲しみが戻ってきていた。
デュークはもういない。
デュークがいなくなってしまった。
大通りにはクリスマスソングが流れ、
うす青い夕暮れに、ネオンがぽつぽつ点きはじめていた。
「今年ももう終わるなあ」
少年が言った。
「そうね」
「来年はまた新しい年だね」
「そうね」
「今までずっと、ぼくは楽しかったよ 」
「そう、わたしもよ」
下を向いたままわたしが言うと、少年は私のあごをそっと持ち上げた。
「今までずっとだよ」
懐かしい、深い目がわたしを見つめた。
そして、少年は私にキスをした。
私があんなに驚いたのは、彼がキスをしたからではなく、
彼のキスがあまりにもデュークのキスに似ていたからだった。
呆然として声も出せずにいる私に、少年が言った。
「ぼくもとても、愛していたよ」
寂しそうに笑った顔が、ジェームス・ディーンによく似ていた。
「それだけ言いに来たんだ。じゃあね。 元気で」
そう言うと、青信号の点滅している横断歩道にすばやく飛び出し、
少年は駆けていってしまった。
私はそこに立ちつくし、いつまでもクリスマスソングを聴 いていた。
銀座に、ゆっくリと夜が始まっていた。
【左目上まぶたの腫れは、自然放置で徐々に引いて、1時間後には完治したよ~】

愛犬「デューク」が亡くなり、悲しみにくれる女性。
その女性が、愛犬が少年の姿で現れて、女性を慰め、感謝を伝え別れる話で、
後からじわじわと悲しさや寂しさが盛り上がってくる感じがします。
感性豊かな人、犬を家族のように飼っていたことがある人なら
確かに泣いてしまうような話かもしれない。
試験中に泣いてしまう人がいたというのもうなずけます。
私も2月に看取ったラブラドール・レトリバーのRIU(琉)君のことを
想い出しました。
私がペットロス症候群のスパイラルに落ち込んでいた時に、
思いがけなくRIN(凛)君がやって来たのです。
センター試験国語の試験時間はたしか80分。
現代文2問、古文1問、漢文1問で、現代文1問にさける時間は20分くらいしかないはず。
こういう話を読んだ瞬間に感動できる人の感性が
私にはちょっとうらやましいな。
【こういう目つきの時は「Wooooo!」と唸るので要注意だけど、家族だからしょうがないさ~】