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トラウマに向き合う中で 

 

たどり着いたのは “からだの声を聴く”

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先日、鏡リュウジさんと宮台真司さんの対談を見ました。


「占いはどうして当たるのか?」というようなテーマでした。


まさに、


「カウンセリングはどうして癒しが起こるのか?」というテーマに似ている気がしました。



占い師が誰かの人生を「当てる」のではなくて、占いが当たる。


つまり、主語は「占い」であって、占い師でも、占われる人でもないのですね。



カウンセリングもおんなじ。

カウンセラーは癒す人ではない。

占い師は未来を当てる人ではない。


このふたつに共通しているのは、


「それ」が起こる場を守る人

なのかもしれないなと思いました。



私たちは普段、「自分がやる(能動)」か「やってもらう(受動)」かで考えがち。


でも、人が変容していくとき

そのどちらでもないことが

「起こってしまう」。


そんなあり方を、「中動態」と呼ぶことがあるそうです。


「それ」が、起こる。


「それ」を起こすのは、相手でも自分でもなくて、「それ」としか言えない何か。



コンステレーションが起こるとも言えます。

私は「コンステレーション」という言葉が好きすぎて、心理士さんには伝わるけれど、


一般的には「シンクロニシティ」のほうが伝わるのかもしれません。



占い師でも、当てようとしている占い師はつらそうだし、カウンセラーも、癒そうとすると、とたんにカウンセリングではなくなります…よね。



たまに、

「占いなんて当たらない」

「カウンセリングなんて効かない」


そう言う人がいます。


私は、「当ててもらう」「治してもらう」という姿勢のままでは、「それ」は起こりにくいのではないかと感じています。


本当に変容していく人は、

自分にも相手にもリスペクトを持っている人。そして、人生を創造していける人。



私の人生にも今、いくつものシンクロが起こっていて、クライアントさんの人生にも、それが起こっています。


「それ」が起こりやすい時代なんだろうな。


自分を信じるでもなく

相手を信じるでもなく


起こってくることを信じる

そんな時代。


 

 

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10代の頃はよく小説を読んでいました。

 

けれどカウンセリングをするようになってからは、本当に読まなくなりました。

 

カウンセリング脳というものがあるのかもしれません。

 

文章を一行ずつ追うよりも、

その場で起きていること全体や、人と人とのつながり、言葉にならない流れを感じ取ることが増えたからでしょうか。

 

それとも読めない原因は加齢によるものなのか

またいつか読めるようになるのか。

 

 

日々たくさんの方のお話を聴かせていただく中で

 

人の歩いてきた道の奥深さ

その人だけの物語の尊さに

何度も胸を打たれているからかもという好意的な見方もしています。

 

 

守秘義務のある仕事だから

それを表現はできないのだけれど

 

もらったものを

また次に会う方への眼差しとして循環していけたらな・・と

思います。

 

 

 

特に、私は

子ども〜大人への発達の段階を

見てきているから

 

今まさに

子ども時代の子から

 

大人になった方が振り返る子ども時代など

 

縦断的に見ることができて

なんと贅沢な仕事かと思うのです。

 

 

皆さん、それぞれに様々な人生を歩いてこられました。

 

それが「劣悪な環境」と呼ばれるようなものであっても

 

その中を生き延び、乗り越え、今ここにいる。

人には不死鳥のような力があるのだと感じます。

 

 

変化・変容は

見ている人を勇気づけるのですね。

 

 

相談の中で、よくこんな言葉を耳にします。

「うちの子が心配で」

もちろん、その気持ちは自然なものですよね・・

 

 

けれど少し見方を変えると、

そこにいるのは
"心配な子"ではなく、

"心配している私"

なのかもしれないと

 

そう考えられるようになると、扱える世界がぐっと広がります。

 

問題そのものに飲み込まれなくなっていきます。

 

 

子どもを変えようとする前に、

私は何を怖れているのだろう。

私は何を守ろうとしているのだろう。

 

 

そんなふうに、自分自身に問いかけると

子どもの問題は

実は私自身を知る入り口だったのだと気づくことがあります。

 

 

そんな変化や変容は

小説のようでいて、

現実に起きている奇跡です虹

 

 

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やっと、新学期の雰囲気に慣れてきた5月。

今年の出会いも、少しずつ深まってきています。

 

あまり話せない子

会話が弾まない子

 

そんな子たちと

どうやって関係を作っていくか?

 

どなたかの参考になればと思います。

 

 

凍りついている子たちは

もともと、つながりたい欲求がないわけでもなく

 

鉄のように見える心の奥には

水が流れていて

 

その源泉に触れると

話さなくても共有できる空気感や

 つながりが生まれることがあります。


 

私は凍りついた子の

こういう輝きを消したくないと思うし

 

目の前で出会っている子を、我が子みたい

って感じることや

この子を幸せにする!というような

気持ちが生まれてきます。


 

まずは、子どもたちの心には

昔も今も変わらない

豊かな世界があることを信頼することです。

 

言葉や表面の姿ではわからないのです。

 

 

それから、無理にこじ開けようとしないことです。

ただ、そばにいることや

自分の神経系を穏やかに

 

呼吸で一緒にいる、というような身体感覚になっていくことです。

 

 

凍りついた姿の奥には、

 

ここに居てもいいのか?

存在していてもいいのか?

 

そんな問いかけがあることがあります。

 

 

名前を呼ばれること

手を振って迎え入れてもらえること

 

所属の中に

メンバーとしていられること

 

それは、当たり前のことじゃなくて

 

普通の人はなんなく

得られている感覚を

 

感じられない子どもたちに

私はたくさん会ってきました。

 

そこで教えてもらったのは、

人とコミュニケーションを取れるようになりたいわけじゃない、

 

コミュニケーションが上手くなりたいわけでもないのです。

 

何も考えずに

いられる人間と出会いたいのですね。

 

他愛もない空間にいたい。

 

だから、私にとって

あなたがそうだよ」を目指したらいい。

 

つまり、あなたといると

何もしなくても話さなくても

なんだかいい感じだし

 

存在自体がうれしくて

また待ってるから、と

 

言葉じゃなくてまなざしでいいから伝えていってください。

 

 

子どもを変えようとせず

大人自身のまなざしや身体感覚が変わっていくことを見ていくのです。

 

 

こうなると

子どもとの出会いは

自分との出会いでもあることが分かってきます。

 

 

たまに、植物や鉱物

動物とは会話ができる子なんかもいて

 

だから人間よりもぬいぐるみの方がいいだろうと

私の相棒のオオカミののぬいぐるみで話しかけたら、

初めて笑った!ということもあったり

 

あれは嬉しくて泣きましたね。

満面の可愛らしい笑顔で

こんな笑顔するんだ、って。

 

 

ここまで3つ書きました。


1. 子どもの内側の世界を信頼すること


2. 無理にこじ開けようとしないこと


3. 大人自身が神経系を自己調整していくこと




もうひとつだけ。大事にしていることは

「教訓ではなく、物語や遊びで届けること」



たとえば、こんな話をすることもあります。


私は、その時ニュースになっていたある動物園のオオカミの話をしました。

 

 

「オオカミが脱走したんだって。

 

みんな怖がって、

危険だって、

悪者みたいにニュースされてた。

 

でも後からわかったのは、

 

その子には仲間がいたんだって。

 

仲間は、

体調を崩して別の部屋に移されていたんだって。

 

だからその子はただ、仲間とはぐれて

 

「どこに行ったの?」

 

って、

探しに行っただけだったんだよ。

 

誤解も解けて、体調も回復して

最後には仲間に出会えました。

 

探し求めたら、ちゃんと出会えるっていうオオカミの話でした。」

 

 

という、ちっちゃなお話し。

 

 

暗に

 

「回復する」

 

「探し求めたら、

いつか仲間が見つかる」

 

を伝えています。

 

 

物語に乗せると

押し付けの教訓にはならないし、象徴や無意識への言葉になって届いていくことがあります。

 

 

遊び心を持って

凍りついた子が雪解けする春をゆっくり待ってみて。

 

解けていく時のうれしさは格別で

子ども支援の醍醐味だと思うのです。

 

 

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