shuhiraのブログ
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シャムスカ解任

もう少し頑張ってほしかった…





Jリーグ1部(J1)大分トリニータは14日、成績不振により進退問題が浮上していたシャムスカ監督(43)を正式に解任したと発表した。4日に行われた千葉戦後に原靖強化部長が同監督の更迭を示唆していた。

大分は今季J1リーグのワースト記録をさらに更新する14連敗を喫するなど前半の17試合を終え1勝15敗1分の勝ち点4と低迷したいた。

ブラジル出身のシャムスカ監督は05年の9月から指揮を執り、昨季はナビスコ杯を初制覇し、リーグ戦でも過去最高の4位に導いた。08年にはナビスコカップ優勝や、リーグ戦でも16勝8分10敗と最後まで優勝争いに絡むなどチームを躍進させた。

('A`)

もう五年前ぐらいの話かな。
人前ではほとんど泣いたことのない俺が、生涯で一番泣いたのはお袋が死んだ時だった。

お袋は元々ちょっとアタマが弱くて、よく家族を困らせていた。
思春期の俺は、普通とは違う母親がむかついて邪険に扱っていた。
非道いとは自分なりに認めてはいたが、生理的に許せなかった。
高校を出て家を離れた俺は、そんな母親の顔を見ないで大人になった。
その間実家に帰ったのは3年に1回程度だった。

俺もいい大人になり、それなりの家庭を持つようになったある日、
お袋が危篤だと聞き急いで病院に駆けつけた。
意識が朦朧として、長患いのため痩せ衰えた母親を見ても、
幼少期の悪い印象が強く
あまり悲しみも感じなかった。
そんな母親が臨終の際、俺の手を弱々しく握りこう言った。
「ダメなおかあさんでごめんね」
精神薄弱のお袋の口から出るにはあまりにも現実離れした言葉だった。
「うそだろ?いまさらそんなこといわないでくれよ!」
間もなくお袋は逝った。
その後葬式の手配やらなんやらで不眠不休で動き回り、
お袋が逝ってから丸一日過ぎた真夜中のこと。
家族全員でお袋の私物を整理していた折、一枚の写真が出てきた。
かなり色褪せた何十年も前の家族の写真。
まだ俺がお袋を純粋に大好きだった頃。みな幸せそうに笑っている。
裏には下手な字(お袋は字が下手だった)で家族の名前と当時の年齢が書いてあった。
それを見た途端、なぜだか泣けてきた。それも大きな嗚咽交じりに。
いい大人がおえっおえっ泣いてる姿はとても見苦しい。自制しようとした。
でも止めど無く涙が出てきた。どうしようもなく涙が出てきた。

(俺は救いようがない親不孝ものだ。格好なんて気にすべきじゃなかった。
やり直せるならやり直したい。でもお袋はもういない。
後悔先に立たず、とはまさにこれのことだったんだ。)

その時、妹の声がした。
「お母さん、笑ってる!」
皆布団に横たわる母親に注目した。
決して安らかな死に顔ではなかったはずなのに、表情が落ち着いている。うっすら笑みを浮かべているようにさえ見えた。
「みんな悲しいってよ、お袋・・・。一人じゃないんだよ・・・」
気がつくと、そこにいた家族全員が泣いていた。

・・・あれから俺はことあるごとに両親は大切にしろと皆に言っています。
これを読んだ皆さんも、ご健在であるならばぜひご両親を大切にしてほしい。
でないと、俺のようにとんでもない親不孝ものになっちゃうよ・・・。









あぁぁぁぁぁ炅炅炅炅

【コピペ】母の弁当。

母の手作り弁当の思い出。
1.県大の日のお弁当、自分で作るつもりだったので朝早く起きたらすでに母が準備に取り掛かろうとしていた。
「自分でするから寝てなよ」と母に休んでもらい自分で作って持っていったが、母のほどおいしくなかった。
2.一度だけお弁当を残したときの母との会話
母「あら、珍しい。残してるのなんて初めてだね」
私「うん、ごめんね、おにぎり嫌いなんだ」
母「そっか、おにぎり嫌いなのか・・・」
せっかく朝の忙しい時間にわざわざ喜ばそうとして作ってくれたのにご飯部分だけつくじって食べてしまった。
ごめんね、母よ。
3.ある日の会話
私「お母さんのお弁当でよかった!!」
母「なんで????」
私「だって、友達のお弁当、大抵茶色一色のおかずばっかりだよ!!
  煮物がいっつもはいってるのうちくらいだよ。ちゃんと手作りだし、冷食めったに入れないし、
  ちゃんと彩りもあるし、おいしいもん!!」
母「そうなの^^」
反抗期真っ最中の私が素直に自然に言えたセリフ。
10年程前に他界してしまったためもう二度と母の手料理を食べる事は出来ない。
兄弟や親戚は母の料理を”まずい”と言うが、私には”まずい”と感じた事はない。
しかし、今となっては悲しい事に”母の味”が思い出せない。
思い出せるのは”大好き”だった事。そして、母の作るお弁当が自慢できるお弁当だった事。
(自慢してないけど)”3”の会話が出来て本当に良かった。
できることなら、もう一度母の料理を食べたい。
そして自分が母となった今、子供に「お母さんのお弁当最高!!」と言って貰えるようになりたい。