特性のこともわかってる。

対応の仕方もそれなりに勉強してきた。

子どものことが嫌いなわけじゃない。

でも、しんどい時はしんどいんですよね。

で、そういう時に「僕のメンタルが弱いのかな」とか「向いてないのかな」って思っちゃう人、たぶん多いと思う。僕もそうだったから。

でもね、最近思うのは、それ、弱いんじゃなくて、しんどくなる条件が揃ってるだけなんだってこと。

何が一番きついかって、「いつ来るかわからない」がずっと続くことなんですよ。

朝の会は穏やかだった。でも2時間目に予定が変わった瞬間、パニック。大声。離席。

一度それを経験すると、次の日から頭の中がずっと「今日は大丈夫かな」でいっぱいになる。授業準備してるはずなのに、意識の半分は「荒れませんように」って祈ってる。

この、待ち構えてる時間がね、ほんとに体力を持っていくんですよね。実際に何か起きてなくても、ずっと緊張してるから。

で、それに加えて全部自分になった時が一番きつい。

「担任が一番わかってるでしょ」って空気、あるじゃないですか。保護者対応も記録も個別支援も、気づいたら全部こっちに乗っかってる。

子どもとの関わりがしんどいっていうより、誰にも分けられない重さがしんどいんですよね。

 

これ、伝わるかな。

ひとりで頑張れちゃう人って一見すごく見えるけど、ひとりで頑張ること自体がリスクなんだよって、僕は今なら言える。

あとね、地味にしんどいのが、「これって個性なの?問題行動なの?」って揺れ続けること。

「この子らしさとして受け止めよう」って思おうとする。でも授業は止まるし、周りの子も困ってる。じゃあ指導しようと思っても、「この伝え方じゃ届かないってわかってるけど他にどうすればいいの」ってなる。

この揺れ、ほんとに消耗するんですよ。

で、僕が最近たどり着いたのは、「どっちか決めなくていい」ってこと。個性か問題かじゃなくて、「なんでこの行動が出てるんだろう」って観察する方に意識を向ける。そうすると、ちょっとだけ気持ちが楽になる。ジャッジしなくていいって思えるだけで、肩の力が抜けるんですよね。

で、じゃあ安定して関われてる先生って何が違うのかっていうと、別に鉄のメンタルを持ってるわけじゃないんですよ。

違いはたぶん、「次に試せることが一個ある」って思えてるかどうか。

パニックが起きても、「次は予告を入れてみよう」「休憩カードを試そう」って思える。それだけで、同じ出来事でもダメージの残り方が変わる。

逆に、もう何も打つ手がないって感じてる時が一番つらい。あの無力感が続くと、どんどん「自分には無理だ」が固まっていく。

だから最近は、すごく小さいことだけど僕が意識してることがあって。

対応のあとに廊下で深呼吸を3回する。モヤモヤを1行だけメモする。「イライラした」「予定変更で崩れた」。それだけ。でもそれだけで、感情に引っ張られ続ける時間がちょっと短くなる気がしてる。

あと、週に1回は誰かに話す。「今週しんどかった場面」と「試したこと」を5分だけ。追い詰められてから相談するんじゃなくて、まだ元気なうちに話す相手を決めておく。これ、けっこう大事だと思う。

それと、「できた」を拾うようにしてる。事前に予告したら切り替えが早かった、課題を区切ったら最後まで取り組めた、とか。大きな成功じゃなくていい。「この条件なら少しうまくいく」がわかるだけで、次に向かえるから。

最後に一個だけ。

日曜の夜に動悸がするとか、出勤前に涙が出るとか、2週間以上まともに眠れないとか。そこまで来てたら、ひとりで粘る段階じゃないから。

早めに誰かを頼ること。それは逃げじゃなくて、来月もこの子を支えるために必要な選択だから。

完璧な先生じゃなくていい。

「次に試す手が一個ある」「今日はちょっとだけ整えられた」。

それだけで、十分やってると思う。