運動会(もどき)で、普通級のママとお話をしていたときに
(幼稚園時代からの顔見知りでわりと、仲良し)
「こないだの参観日に、支援級の前を通りかかったんだけど、奇声あげてる子がいてびっくりしちゃった。大変なんだね」と
言われました。
嫌味とかマウンティングとかそういうたぐいでの発言ではなく、単にその状況を言い感想を言っただけだと思います。
発達支援級に在籍している = 可哀想な子
一般的にはそう思われていて(全員ではないし、私のまわりでは)、色眼鏡で見られることも多いことは重々承知です。
支援級の方が望ましいと他者から言われてもかたくなに支援級へ入れず、普通学級で踏ん張って頑張っている親子もいます。
私が小学校時代は、私の通っていた小学校には知的学級しかなく3人ぐらいでした。
子どもの目からみても、明らかに違う子がいるクラスというのは分かりました。
だからと言って、可哀想という発想はなかったものの、先生からは「身体が弱いから、みんな優しくね」みたいなことを言われた気がします。
おそらく、ダウン症だったのかもしれません。(顔の特長的に)
今ですら、支援級は、情緒学級と知的学級に分類されていますが、普通学級に通わせている保護者からしたらやはり、イロモノに
見えるのでしょうか。
うちの子はグレーゾーンだから、普通学級で頑張った。
教育委員会の専門調査では、情緒学級が適当と言われたけれど、何とか卒業まで普通学級で頑張った。
と言うようは話は耳にします。
頑張った、頑張ったと言うけれど、人生の着地点は小学校で普通学級で過ごすことではないと思います。
私だって、できることなら普通学級へ戻りたい(親が希望すれば、教育委員会うんぬんより、戻ることは可能)です。
ですが、一度自信喪失とか、自己肯定感の低下とか、失敗体験の積み重ねとか
小学生時代にマイナス体験ばかりを積むと大人になったときに、正しく友人関係、恋人関係、家族関係が結べなくなったり
仕事が何もかもうまくいかず転職を繰り返し、下手をすれば借金まみれ、ゆくゆくはうつ病、精神病、自殺、他害、犯罪など
考えると恐ろしくなります。
発達障害の内容にもよりますが、発達障害の子はより周りに流されやすい傾向があったり、楽な方へ行きやすかったりと
小さい時に正しく矯正し直さず、そのまま大人になるとより深刻な問題を抱える子が多いような気がします。
発達障害に理解のある北欧の国では、教科書一つにしても
・「文字が多い教科書」
・「イラストが多い教科書」
・「文字とイラストのバランスがいい教科書」
と3種類あるそうです。しかし、最終的に学習で得られる知識量はどれも同じ。
その子にあった教科書を選択することが可能だったりします。
そんな風に選択する幅がより広がるといいなって思います。
癒しのチョコレート。
