春夏秋冬✦浪漫百景

春夏秋冬✦浪漫百景

季節の移ろいの中で...
歌と画像で綴る心ときめく東京千夜一夜物語

🏔️雪山讃歌⛷️白銀は招くよ

【作詞】西堀 栄三郎・(社)京都大学学士山岳会

 【作曲】アメリカ民謡 

 

1.雪よ岩よ われ等が宿り   俺たちゃ 街には   住めないからに 

2.シール外して パイプの煙   輝く尾根に   春風そよぐ 

3.煙い小屋でも 黄金の御殿   早く行こうよ   谷間の小屋へ 

4.テントの中でも 月見はできる   雨が降ったら   濡れればいいさ

 5.吹雪の日には 本当に辛い   ピッケル握る   手が凍えるよ

 6.荒れて狂うは 吹雪か雪崩れ   俺たちゃ そんなもの   恐れはせぬぞ 

7.雪の間に間に キラキラ光る   明日は登ろうよ    あの頂に

 8.朝日に輝く 新雪踏んで   今日も行こうよ   あの山越えて

 9.山よさよなら ご機嫌宜しゅう   また来る時にも   笑っておくれ

雪山讃歌は、

もともとアメリカの「Oh My Darling Clementine」という歌に日本語の歌詞をつけたもの。

 もとの歌だと、楽譜から分かるように、前置詞+冠詞から始まっています。

 

雪よ~岩よ~、我ら~が宿り、俺たちゃ町には住めないからに~”

「雪山讃歌」発祥の地、鹿沢温泉。

 昭和の初め、鹿沢を訪れた西掘栄三郎氏(第一次南極越冬隊長)らが吹雪に閉じ込められ、

退屈しのぎに湯宿で作詞したという。 

これを記念し昭和46年に台字は西掘氏直筆により「雪山讃歌」の碑が建立されました。

 

千手観音さまの道しるべ 鹿沢温泉まで100体あるそうな
昔、湯治の客が道に迷わないようにと 麓の村から点々と建てられた。
これは、99番目の観音像。

「白銀は招くよ」

Ich Bin Der Glucklichste Mensch Ayf Der Welt 

-Toni Sailer

『白銀は招くよ!』( ドイツ語:Zwölf Mädchen und ein Mann

1959年の西ドイツの映画。主演はトニー・ザイラー。

副題は、原題でもある『ザイラーと12人の娘』。

 

1956年の冬期オリンピックで、アルペン種目3つの金メダルを独占した

オーストリアのスキー・チャンピオン、T・ザイラー主演の、恋と冒険のスキー映画。 

12人の若い娘がスキーを楽しむ平和な村で、盗難事件が発生、

国家警察本部はスキーの名手フロリアンを調査に派遣する。 

全編を彩る白銀の世界も見もの。

 

トニー・ザイラーと十二人の若い娘をめぐる明朗スキー映画。

 

雪の山はともだち まねくよわかい夢を

ホーヤッホ ホーヤッホ うた声もまねく

雪の山はともだち 走れわかい心よ

ホーヤッホ ホーヤッホ うた声も走る...

 

冬の花

冬の花 ✿ 鮎川いずみ 【必殺仕事人III】(主題歌)

1982年10月21日発売 

作詞:石坂まさを/作曲:平尾昌晃

怨みつらみが 悲しくて なんでこの世が 生きらりょか 

どうせ一度の 花ならば 咲いて気ままに 散ってくれ  

春とおもえば 夏が来て  夏とおもえば 秋が来て  所詮最後は 寒い冬

 

「必殺シリーズ」には

山下雄三が歌った「必殺仕掛人」の「荒野の果てに」(山口あかり作詞、平尾昌晃作曲)や、

西崎みどりのミリオンセラー「暗闇仕留人」の「旅愁」(片桐和子作詞、平尾昌晃作曲)

など、素晴らしい楽曲が多い。 

中でも1980年代最大のヒット曲は、82年の「必殺仕事人Ⅲ」の「冬の花」だった。

歌ったのは、ドラマには「何でも屋の加代」として出演していた鮎川いずみ。

鮎川は、日本有線大賞新人賞を受賞した。

夢を追ってく 奴がいりゃ 嘘に泣いてる 奴もいる

 顔を合わせりゃ 他人街 誰に遠慮が いるものか  

春とおもえば 夏が来て  夏とおもえば 秋が来て  所詮最後は 寒い冬

西を向きたきゃ 西を向け 北へ行きたきゃ 北へ行け 

そんなもんだよ 人生は 風に吹かれりゃ それまでさ  

春とおもえば 夏が来て  夏とおもえば 秋が来て  所詮最後は 寒い冬

必殺仕事人Ⅲは1982年10月8日から83年7月1日まで全38回で放送された。

必殺シリーズの第19作、必殺仕事人シリーズの第3作、中村主水シリーズの第9作となる。

attractive actress 1950~

1950年代で最も美しく魅力的な女優たち💓

1950年代には、

何人かの女性映画スターが演技力と同様にその美しさで有名でありました。

彼女たちは、映画界で最も魅力的なセレブであり、ハリウッドの黄金時代に活躍し、

輝かしい舞台の一流に躍り出るスターの気質を持っていました。

さらに、彼女たちはその美貌とプロとしての姿勢を兼ね備えており、

スクリーンでの賞賛と同僚たちからの尊敬を得ました。

さて、1950年代の映画界で最も美しい女性は誰だろう?

 

 

マリリン・モンロー (1926–1962)

ハリウッドで最も象徴的なスターの1人であるマリリン・モンローは、

1950年代初期に「ナイアガラ」(1953)などの作品で認知され、

ゴールデングローブ賞を受賞した「お熱いのがお好き」(1959)で、

その人気はピークに達した。

様々な映画で典型的な「金髪美女」

(ブロンド・ボムシェル Blonde bombshell)の役を演じ、

1950年代から1960年代初頭にかけて最も人気のあるセックスシンボルの1人であり、

同時代の性の革命の象徴でもあった。

 

 

グレース・ケリー(1929–1982) 

グレース・ケリーは1950年代、

アカデミー賞を受賞した「喝采」(1954)を含む11本の映画に出演した。

1956年4月にレーニエ3世大公と結婚し、モナコ公妃となった。

映画監督アルフレッド・ヒッチコックのお気に入り女優で

『ダイヤルMを廻せ!』『裏窓』『泥棒成金』などの作品でヒロインをつとめている。

彼がグレース・ケリーを評して

"Grace Kelly is a snow covered volcano"

(雪に覆われた活火山)と述べた逸話はあまりにも有名。

 

 

ブリジット・バルドー(1934年9月28日 - )

フランスの女優ブリジッド・バルドーは、

「素直な悪女」(1956)での役柄で国際的な知名度を獲得し、

すぐに映画界の「セクシーで魅力的な女性」と呼ばれるようになった。

私はセックスシンボルではあったが、

心の奥底にはその種の演技とは両立しない羞恥心がある。

《BBの名言集より》

 

 

オードリー・ヘプバーン (1929–1993)

オードリー・ヘプバーンは、

グレゴリー・ペックと共演したロマンチック・コメディー

「ローマの休日」(1953)で有名になった。

その努力によって、ヘプバーンは単一の演技でオスカー賞、

ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞を受賞した初の女優となった。

主な作品

『ローマの休日』(1953年)
『麗しのサブリナ』(1954年)
『パリの恋人』(1957年)
『昼下りの情事』(1957年)
『ティファニーで朝食を』(1961年)
『シャレード』(1963年)
『マイ・フェア・レディ』(1964年)
『おしゃれ泥棒』(1966年)
『いつも2人で』(1967年)
『暗くなるまで待って』(1967年)

 

 

ドロシー・ダンドリッジ (1922–1965) 

ドロシー・ダンドリッジは、

1954年の「カメルン」でアフリカ系アメリカ人女優として、

初めてアカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、

1950年代のハリウッドの歴史に刻まれた。

(ハッティ・マクダニエルは「風と共に去りぬ」の演技でオスカー助演女優賞を受賞した)

 

 

ソフィア・ローレン (1934年9月20日 - )

イタリアで絶賛された女優の1人

(そしてハリウッド映画の黄金時代に生き残った最後の大スターの1人)

であるソフィア・ローレンの大成功を収めた役は、

ヴィットリオ・デ・シーカのアンソロジー映画

「ナポリの黄金」(1954年)のソフィア役であった。

イタリアのみならずヨーロッパを代表する映画女優の一人で、

1960年代には多くの映画賞を獲得し、現在も活躍中である。

代表作に『ふたりの女』『ああ結婚』『特別な一日』など。

 

 

キム・ノヴァク(1933年2月13日 - )

キム・ノヴァクは、

フランク・シナトラと共演した「夜の豹」(1957)などの映画で、

1950年代のハリウッドの興行収入トップの1人であり、

有名な作品は、ジェームス・スチュワートと共演した、

アルフレッド・ヒッチコック監督のスリラー「めまい」(1958)で、

マデリン・エルスター/ジュディ・バートン役を演じた。

キム・ノヴァクが、猫の比喩を超えた存在であるのは言うまでもありません。

この映画では、彼女の背中の滑らかさについて触れないわけにはいきません。

 

 

エリザベス・テイラー(1932–2011) 

エリザベス・テイラーは、

「花嫁の父」(1950)で1950年代をスタートした。

この10年間、彼女は「ジャイアンツ」(1956)、

「愛情の花咲く樹」(1957)、1958年の「熱いトタン屋根の猫」

などの象徴的な作品にも出演し、

後の2作でテイラーは、オスカー主演女優賞にノミネートされた。

『緑園の天使』(1944年)
『若草物語』(1949年)
『陽のあたる場所』(1951年)
『ジャイアンツ』(1956年)
『熱いトタン屋根の猫』(1958年)
『バターフィールド8』(1960年)
『クレオパトラ』(1963年)

 

ナタリー・ウッド (1938–1981) 

ナタリー・ウッドは、

「理由なき反抗」(1955)の演技でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた時、

まだ10代だった。

彼女はこれに続いて、「捜索者」(1956)でも同様に記憶に残る役を演じた。

1981年、彼女はカリフォルニア州サンタカタリナ島の沖合で溺死したが、

その状況はまだ十分明らかにされていない。

永遠の名作「ウエストサイド物語」

マリア&トニー

 

 

イングリッド・バーグマン (1915–1982) 

1950年代までに、スウェーデンの女優イングリッド・バーグマンは、

ハリウッドでの地位を確立し、

「追想」(1956)でアカデミー主演女優賞を受賞するなど、

依然としてトップの興行収入を誇っていた。

『カサブランカ』(1942年)、『誰が為に鐘は鳴る』(1943年)、

『ガス燈』(1944年)、『聖メリーの鐘』(1945年)『汚名』(1946年)、

『山羊座のもとに』(1949年)があり、

独立系映画としては『ジャンヌ・ダーク』(1948年)がある。

イングリッド・バーグマン(薔薇品種)

 

ローレン・バコール (1924–2014) 

1940年代、ローレン・バコールは、

夫のハンフリー・ボガートと共に記憶に残る映画の数々を製作した。

次の10年間の有名な作品には、

大ヒットコメディー「百万長者と結婚する方法」(1953)や、グレゴリー・ペックと共演し、

評論家から高く評価された「バラの肌着」(1957)などがある。

 

エヴァ・ガードナー (1922–1990) 

エヴァ・ガードナーはハリウッド最大のスターの1人であり、

1950年代には「ショウ・ボード」(1951)、「モガンボ」(1953)、

「ボワニー分岐点」(1956)、などの作品に出演し、オスカーを獲得した。

 

 

ジェーン・マンスフィールド (1933–1967)

1950年代のジェイソン・マンスフィールドは外せない存在である。

彼女はこの時期にいくつかの映画で成功を収めたが、

私生活と売名行為でも有名であった。

1967年6月の自動車事故による彼女の死は業界に衝撃を与えた。

PLAYBOY誌・1955年2月号のプレイメイトになったのをはじめとして、

長年にわたり多くの雑誌に登場した。

彼女はシアター・ワールド賞 (Theatre World Award)、ゴールデングローブ賞、

全米制作者協会 (PGA) 賞ゴールデン・ローレルを獲得している。

マンスフィールドはプラチナブロンドの髪、ウェストが細くくびれた肉体、

露出した胸の谷間を強調する衣裳で、数本の人気ハリウッド映画に主演した。

 

 

ドリス・デイ(1922–2019) 

1950年代から1960年代にかけて映画界に幅広く登場したドリス・デイは、

「カラミティ・ジェーン」(1953)で主役を演じ、

アルフレッド・ヒッチコック監督の

「知りすぎていた男」(1956)ではジェームズ・スチュワートと共演した。

彼女はロック・ハドソンとの映画、特に1959年の「夜を楽しく」で有名であり、

この作品でアカデミー主演女優賞にノミネートされた。

 

ジーナ・ロロブリジーダ(1927-2023) 

1927年生まれのイタリア人女優ジーナ・ロロブリジーダは、

ハリウッド映画の黄金時代を生き、最も長く生きた数少ない国際的な女優である。

1950年代の映画出演作には「パンと愛と夢」(1953)があり、

この作品で英国アカデミー賞最優秀外国人女優賞にノミネートされた。

さらにデ・シーカとのコンビで彼女の圧倒的な肉体的なフレッシュ感が、

スクリーンで大成功したのが、ルイージ・コメンチーニの『パンと恋と夢』(1953)。

裸足で野山を走り回る娘ブリガディエーレの姿は、セクシーというよりは新鮮であり、

若々しさの顕現とでも言えばよいのだろうか。

 

 

ジーン・シモンズ(1929–2010)

1950年代にハリウッドに到着する前から、

すでに英国で大成功を収めていた英国人女優ジーン・シモンズは、

「聖衣」(1953)、「野郎どもと女たち」(1955)、

「大いなる西部」(1958)などの映画に出演し、

ハリウッドの黄金期で名声を博した。

『天使の顔』(1953年/監督:オットー・プレミンジャー)
ロバート・ミッチャムと。

 

 

デボラ・カー (1921–2007) 

スコットランド生まれのデボラ・カーは、

ミュージカル映画「王様と私」(1956)のアンナ・レオノウェンズ役の演技で、

ゴールデングローブ賞を受賞し、この役は1950年代の彼女の実力を明らかにした。

1947年、マイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガーの『黒水仙』で注目され、

ハリウッドに招かれる。

1953年、

『地上より永遠に』でバート・ランカスターと演じたキス・シーンが話題となった。

アカデミー主演女優賞には計6度ノミネートされたが受賞できず、

「オスカーの偉大な敗者」と呼ばれた。

1994年、第66回アカデミー賞名誉賞を受賞した。

 

 

京マチ子 (1924–2019)

主に1950年代に活躍した女優の京マチ子は、

日本で最も知られた映画スターの1人だった。

彼女は、「八月十五夜の茶屋」(1956)で、

マローン・ブランドとグレーン・フォードの相手役を演じた若い芸者の、

ロータス・ブロッサム役でハリウッドの注目を集めた。

これは彼女の日本以外の映画での唯一の役であり、

彼女はゴールデングローブ賞にノミネートされた。

京マチ子 ソフィア・ローレン ヴェネチア国際映画祭

 

 

💕🎥あなたのイチオシは誰ですか?

冬の駅

冬の駅 小柳ルミ子

1974年10月10日

小柳ルミ子のシングル曲では、

「わたしの城下町」「瀬戸の花嫁」「京のにわか雨」に続いて

通算4作目となる週間オリコンチャート首位を獲得。

白い朝もや流れる冬の淋しい停車場

あなたの無事を祈ってこれが運命と つぶやくの

恋はすべてを奪って汽車の窓から手をふる

愛はすべてを与えて涙こらえて 立っている

小柳ルミ子さんは1970年3月に「夏川るみ」という芸名で宝塚歌劇団に入団され、

雪組「四季の踊り絵巻」「ハロー!タカラヅカ」で初舞台を踏んでいます。

さ絶景~雪見露天

雪の湯

 

 

露天雪景色

 

奥飛騨温泉(岐阜県)

北アルプス・乗鞍岳など、標高3000m級の山々に囲まれた大自然の中にある温泉郷

“奥飛騨温泉郷”とは、

平湯温泉、福地温泉、新平湯温泉、栃尾温泉、新穂高温泉の5つの温泉地の総称

 

乳頭温泉(秋田県)

十和田・八幡平国立公園の乳頭山麓に点在する

鶴の湯、妙乃湯、黒湯、蟹場、孫六、大釜、休暇村乳頭温泉郷の7つの宿

“鶴の湯”の乳白色の温泉が有名

 

草津温泉(群馬県)

日本三名泉の1つである草津温泉

源泉が湧き出るシンボル「湯畑」を中心に、昔ながらの活気ある温泉街が広がる

夜になるとライトアップされる「湯畑」は、日中とは違った幻想的な雰囲気に

 

定山渓温泉(北海道)

札幌市の中心を流れる豊平川の上流、山峡にある温泉

気軽に足湯が楽しめる定山源泉公園や、

白糸の滝、舞鶴の瀞(豊平川にかかる錦橋付近にある深い淵)など、

周辺には見どころがたくさんあり、のんびりと散策も楽しめる

大自然が感じられる点が人気

 

銀山温泉(山形県)

大正から昭和初期に建てられた洋風木造多層の旅館が川の両側に並ぶ温泉街

まるでタイムスリップしたかのような昔ながらの景観が魅力

国の重要文化財にも指定されている旅館もあり、

温泉街を眺めているだけで時間を忘れてしまいそう

 

下呂温泉(岐阜県)

草津、有馬と並ぶ日本三名泉の1つ

無色透明でほんのり硫黄の香りのするお湯は

ツルツルしたなめらかな肌触りが特徴

飛騨山脈に囲まれ、飛騨川を中心に広がる温泉街は、

噴泉池や手湯・足湯など至る所で湯煙が上がり、

情緒溢れる街歩きが楽しい

 

乳頭温泉(秋田県)

露天風呂から雪見が楽しめる宿

あたたかい温泉にゆったりと浸かりながら

のんびり雪を眺めるなんて贅沢ですね

 

さて、誰と何処に行きますか...

 

雪列車

前川清 「雪列車」

1982年 10月21日

作詞:糸井重里,作曲:坂本龍一。

匂うように 笑うように 雪が降る 白い景色 逃げるように 汽車は走る

サヨナラが 夢ならば ひき返すけど あの頃が 夢ならば このまま行く

あたたかいものを 何かください ...

「心に沁みる雪の哀愁歌」。
初雪、銀世界、雪化粧、名残雪…『雪』と言っても実に様々ですよね。
是非、皆さんの心にある雪景色を思い浮かべながらお聴きください。

 

冬の調べ

ペチカ❄トロイカ❄ともしび

ペチカ  鮫島有美子 

満州唱歌 小学 1・2年 1924年(大正13年)

作詞:北原 白秋、作曲:山田 耕筰 

雪のふる夜は たのしいペチカ ペチカ燃えろよ お話しましょ

 むかしむかしよ 燃えろよペチカ 

雪のふる夜は たのしいペチカ ペチカ燃えろよ おもては寒い 

栗や栗やと 呼びますペチカ

倍賞千恵子/トロイカ

『トロイカ』(ロシア語: Тро́йка)

原題: «Вот мчится тройка почтовая»

ロシアの民謡。

原題の直訳は「ほら、郵便トロイカが駆けている」。

元来、トロイカとは「3つ組」という意味だが、

ここでは、3頭立ての馬橇または馬車(troika)のことである。

金持ちに恋人を奪われた若い馭者の悲しみを歌った哀切な歌である。

ただし日本語で主に歌われるのは、楽団カチューシャによる陽気な歌詞である。

  1. 雪の白樺並木 夕日が映える 走れトロイカ ほがらかに 鈴の音高く
  2. 響け若人の歌 高鳴れバイヤン 走れトロイカ かろやかに 粉雪蹴って
  3. 黒い瞳が待つよ あの森越せば 走れトロイカ 今宵は 楽しい宴

ともしび  ボニージャックス Огонёк

作詞:イサコフスキー (Michail Isakovsky)作曲:ブランテル

 日本語詞:楽団カチューシャ 

  夜霧のかなたへ 別れを告げ  雄々(おお)しきますらお 出(いで)て行く  

 窓辺にまたたく ともしびに つきせぬ乙女の 愛のかげ 

  戦いに結ぶ 誓いの友 されど忘れえぬ 心のまち 思い出の姿 

今も胸に いとしの乙女よ 祖国の灯(ひ)よ

雪の華

中島美嘉 『雪の華』 

MUSIC VIDEO

2003年10月1日

作詞:Satomi,作曲:松本良喜

中島自身が出演した明治製菓(現・明治)「boda」「galbo」のCMソングであり、

第45回日本レコード大賞で本作は金賞を受賞し、作詞のSatomiは作詩賞を受賞した。

本楽曲をモチーフとする実写映画が2019年2月に公開された。

のびた人陰(かげ)を舗道にならべ 夕闇のなかを君と歩いてる

手をつないでいつまでもずっと そばにいれたなら 泣けちゃうくらい

雪の結晶は、気温が0℃を下回るになる時に降る雪の粒が、

六角形を基本に形成される冬の美しい現象の一つです。 

昔の人は六枚の花弁に例えてこれを「雪の華(花)」と呼んだそうです。

 ちなみに雪の結晶はいろいろな条件が揃わなければ、

きれいな六角形の姿を見せてくれません。

立春とは、二十四節気において、春の始まりであり、

1年の始まりとされる日です。

二十四節気は紀元前の中国で生まれた、太陽の動きに基づいたこよみです。

1年を4つの季節に分け、さらにそれぞれの季節を6つに分割しています。
4×6=24なので、二十四節気…ということですね。

四季の最初が、立春、立夏、立秋、立冬。

この4つは「四立(しりゅう)」と呼ばれています。

 

立春に何を食べる?

 

節分・立春には、豆腐を食べる風習があります。

 身を清める食べ物であると考えられていました。 

2月3日(節分)に豆腐を食べると、罪穢れを祓われる。

立春に豆腐を食べると、清められた体に幸せを呼び込む と言われています。

 

「立春大吉豆腐」「立春生菓子」「若水」「立春朝絞り」「福茶」等、

いただくと縁起がよい飲み物や食べ物とのこと。

 

「若水」

正月三が日の間、お茶をたてたり、料理などに使われます。 

平安時代、貴族の家では、

立春の日にその年の縁起が良いとされる方向の井戸から汲んだ水を「若水」といい、

それを用いることで一年中の厄を取り除くとされていました。

 

 

「立春大吉豆腐」

この節分と立春に食べる豆腐を「立春大吉豆腐」と呼び、

この風習は2003年ごろ出雲大社相模分祠・分祠長がある文献に

「節分に豆腐は身を清める」と記されていたのを見つけたのが始まりだそうです。

 それを豆腐製造業者有志の会が広めている比較的新しい風習なのです。

 

なるべく白いままで食べるのが縁起がいいので、

色がつく調味料は使用しないのがおすすめです。 

冷ややっこ・温奴・湯豆腐などにして、塩で召し上がるなど、

素材の味をいかして食べてみましょう

 

 

立春にしてはいけないこと!?

 

元日同様、この日の水は運気を流してしまいます。 

開運のためには、立春の1日は入浴もシャワーも控えましょう。 

食器洗いなど水を使う家事も、なるべく避けるか回数を少なく。

 ただし立春とはいえ 外から帰ったりトイレの後などの手洗いは、

病気予防の観点から きちんと行ってください。

 

そんなこと知りませんでした^^;💦

 

まとめ

立春は1年の始まりのため、

その1年の無事を祈願して縁起がよいものを口にして厄除けをしましょう。

 おすすめはお酒や豆腐、生菓子、大福、若水など。 

若水とは立春の朝にくむ水のことで、現在では立春の日に初めて飲む水です。

 

「立春養肝」立春の季節から“肝を養う”の必要があると、東洋医学の考え方です。

「辛温発散」の食物は養肝の作用があるので、それを良く食べたほうがいいわけ。

例えば:豆類、ネギ、生姜、ニラなど

また、「少酸多甘」−酸味の食物を少なめ、甘いものを多めに食べること。

 

立春、わかったようなわからないような?

とりあえず、まだまだ寒い日が続きますので、

風邪などひかぬようご自愛ください。

春よ来い 早く来い

恋の雪別れ

恋の雪別れ 小柳ルミ子

1973年11月10日

小柳ルミ子の10枚目のシングル。

作詞:安井かずみ 作曲:平尾昌晃

 

雪の中を 黒い汽車が 今 遠ざかる
会えなかった あの人に手渡すはずの お守り 握りしめたまま
あー ひと目だけ 顔をみて 伝えたかったの 恋しさを
あー あの人が あー 消えてゆく 吹雪に 涙 ちぎれるわ
出来るならば 汽車を止めて 恋の雪別れ

 

雪の上に 赤い椿 散らす花びら
当っていた あの人と 別れるはずの 占い信じられなくて
あー 顔のゆき 払うのも忘れて たゝずむ 北の街
あー お守りは あー あの人が この次帰ってくるまでは
肌につけて 待っています 恋の雪別れ