気がつくと、私はnさんの前でおかしくなっていました★

私「何で俺のことは大事にしてくれないんだ!?」
その場では、nさんが母親の代わりになっていました★

私「何ですぐぶつんだ!?」
私「どれだけ痛かったと思う!?」

私の思い出した記憶は、楽しいこともありましたが
つらいことのほうが多かったようです・・・★

私「どうして、弟ばっかり可愛がるんだ!」
私「どうして、俺には優しくしてくれないの・・・??」

弟は私の見た限り、母親にぶたれたようなことはほとんどありませんでした・・・
弟は私より勉強もできなく、素行も悪かったのでした★('-^*)

私「ううっ・・・」
私は、堪えていた感情が抑えきれず大粒の涙を流しました★

それは、自分が可哀相で
自分の為だけに泣く
救いようのない、それでいて自己中心的な涙でした・・・

nさん「つらかったんですね・・・」

店の中は混んでいて、賑やかでした
私は人目を気にする余裕もなく、泣きながら全力でnさんにぶつかってしまいました★(迷惑な客だなオイ(^^ゞ)

nさん「泣いて、すっきりすることもありますよ」

nさんは優しく
逃げないで私と接してくれました★
私が特別な感情を抱いているnさんに優しくしてもらったら・・・

私の感情はこの時、確固たるモノになりました

nさん「元気出してください☆ねーカラオケ歌いなよ☆」

nさんの言うがまま私は歌いました☆
私は救われた気分になりました

いつしか私は、nさんを育てるのでなく
私自身がnさんに育ててもらっていたのかもしれません('-^*)

だいぶ年下のnさんでしたが
やはり母性というのでしょうか

女性特有の優しさに私はノックアウトされました☆

私はなんだか恥ずかしいような
それでいて照れくさいような不思議な感覚に包まれました

nさん「わたしもよく泣きますよ☆だから恥ずかしいことじゃありません」

私は、nさんの前ですべてをさらけ出してしまいました
それは私にとって
もうnさん以外は考えられないということでした☆

私の中の「秘密」心の中の弱い部分
私は普段、人一倍気を張って
なめられないよう周りを威嚇しながら生きていました☆

これからは、nさんの前でだけは
本当の自分、本当の色でいたいと思うようになりました☆

私「ありがとう・・・」

それからも、しばらくnさんとの日々は平穏に続いていくのでした・・・
いつも私の駄文を読んでくれている人
本当にありがとうございます('-^*)

また、ペタしてくれたりしてありがとうございます☆(定期的にペタしてくれる人特に嬉しかったです☆

ブログ自体 始めたばっかりなんで、イマイチ使い勝手がわからず
そのうち暇になったら
見てくれた方のブログに行ったり、コミニュティ?に登録したいと思っていますよ(^^ゞ

よかったら コメントなどもしてやってください☆


キャバクラ編というか
私の幼少編に突入してしまい
予定では、3話完結の予定だったのですが・・・

思った以上に力が入ってしまい長くなってしまいました☆

また、母親などとのやりとりは
書いていてつらく、かなり落ちこむようなこともありました★(^_-)

幼少編は前回で最終回となります☆

j君たちとの日々は今でもかけがえのないモノで
正直書いていて複雑でした

これから書いていて力が入ったら白い星☆
書いていてつらかったのは黒い★
を題名につけていきます

j君たちとの後日談・・・

新しい学校に通ってしばらくして
j君や他の友達から文集のような手紙が届きました☆(一人原稿用紙一枚くらい
大体の友達は、「今度遊びに来てよ」といったような感じでした

ついにj君の手紙のページになりました
私はドキドキしながら、手紙に目をやりました☆

「最近つまらないんだ・・・」

j君の手紙はそういった内容でした
私もそれは同じでした★(/_;)

しばらくして、j君と一度だけ会うことがありました☆
母親がパチンコに行くのに私と弟が邪魔なので
唐突にj君の家の前に連れてこられました

私「j君!」
j君「久しぶりだねぇ」

私はj君と遊びたかったのですが
家の用事があるとかで、遊ぶことはできませんでした★
それがj君と最後に会った日になりました・・・

それから現在までj君とは、連絡も取ることはありませんでした★

私はことあるごとにj君の元を訪れようと考えましたが
実行には移せませんでした★

何というか一番は
照れくさいのと、もしj君に冷たくあしらわれたら・・・
などと考えてしまったからです・・・

住所もわかっていたので、手紙を書こうかなどとも思いましたが
書きませんでした

おおよそ 私が小学校高学年になるころに
j君は引っ越してしまったようです★

沖縄のk君からも手紙が何回か届きました☆
写真つきの手紙で、近況報告のようなモノでした

私は、手紙を返しませんでした★
一番の理由は・・・

やはり照れくさかったからと
当時子供の私には、沖縄にいるk君には絶対会えないので

手紙のやりとりをすると自分がつらくなる気がして返せませんでした・・・

j君やk君と、今でも会いたいかと聞かれたら・・・

私の答えはNOです★

今は SNSみたいなのがあって
探せばもしかしたら、j君やk君にたどり着けるかもしれませんね・・・

しかし、自分の実体験から
思い出は「綺麗」なままのほうがいいと思っています・・・(/_;)

以上がキャバクラで悪酔いしながら
私が一瞬のうちに思い出した出来事でした★

nさんの前で、私は思いがけない行動をとってしまいます・・・

次回から再びnさんとのかけがえのない日々へ・・・
引っ越しの前日、私はj君に電話しました☆
その日は、家の用事があるとかでj君は遊べないと言っていました

私「もしもし」

j君「今日は無理だよ・・・」

j君と遊ぶことはできませんでした★
j君は どこかそっけなくて
私は最後くらい遊んでくれてもいいじゃんかと思いました('-^*)

特に つもる話をするわけでなく
そうして j君との最後の電話でのやりとりが終わりました・・・★

それ以来、j君と遊べることは二度とありませんでした・・・

「さよならj君k君そしてみんな・・・(/_;)」

隣町で私の新しい生活が始まりました
夏休みなのに 友達もおらず
クソつまらない夏休みだったのを覚えています(`_´)

私が転校したのはこれで三回目になりました
一年と三カ月で3度めの転校・・・

私が転校したのは、始めにいた学校の隣の小学校でした(゚Д゚)
何というか
私の母親は、子供に対する気配りのようなものは皆無でした★(せめて元いた小学校に転校させるとかさ)
それは今でもそうですねぇ・・・(^_-)
1+1が3になる人ですから・・・

特に そこに住まなければいけない事情があったわけでなく
今だから私は色んな視点で考えますが
ただの「気まぐれ」で片付けられる引っ越しでしたね('-^*)

まぁー
それでも母親は当時、今の私と同じ年位だし
今では しょうがないかなと思っていますよ(^^ゞ

母親なりに私と弟を育てながら、かけぬけて生きてきたと思います☆
私は 人並みに丈夫な体で産んでもらって
やればできなくない能力みたいなモノもあるかもだし
産んでくれた母親には感謝しないといけないですよねぇ・・・(^_-)

ただj君たちとの思いでは
私にとってあまりに儚く 今でも夢に見たり
弱っている時などに、さみしさがぶり返してきてしまいます★

もし、あのままj君たちと同じ小学校で過ごしていたら・・・
どうなったんでしょうね??(^_-)

子供の友情ってのも、脆いのもあるし・・・

もしかしたら今でも友達だったかもしれないし・・・
今でも悩みはつきませんね('-^*)

私は二学期になって新しい小学校に通い始めました
遊ぶ友達はすぐに出来ましたが

j君やk君以上に仲良くなる人や、遊んでいて楽しい人は見つけることができませんでした・・・

いつしか私は暗くなっていきました・・・
友達と笑っていても、すべてにおいてj君たちとの日々と比べてしまい
心の底から笑うことは少なくなってきました
私の目には、灰色の空が広がっていました・・・

小学校高学年で、親友と思っていた人に、はぶられ(自分にも原因があって悪質なイジメをしたりした
私はどんどん暗くなっていきました★

中学でも、その流れで私の味方は少なく★
仲良くするのはゲーセンで知り合った他の学校の人でした☆

いわゆる「真面目」そうな人は私を差別しましたが
「不良」っぽいような人は私を差別しませんでした

中学から高校へ
思春期を迎えるにあたり
私の友達は 茶髪やピアス
タバコを吸っていて原チャリを乗り回す
俗にいう「不良」っぽい子になっていきました

私もいつしか、そういう子になっていて
「真面目」そうな子から怖がられることもありました★

そんな私は高校を中退し
冴えないフリーター生活をえて
今の状況に行きつくのでした・・・