【神々と呼ばれていた方がたも、一人の人格霊としてその姿をさらけ出す】
聖書の中で多くのことが削除されています。
もともと書かれていたことが、みな削除されたのです。
彼が30歳までのことをほとんど書いていません。
それ以降のこともほとんど削除されているのです。
それは地上の者たちが、イエス・キリストという者を絶対視する、させんがために、都合の悪いもの、神格化できないものを、みな削除したという歴史があるのです。
それ以外にも、つくり変えていったという歴史があるのです。
もう、そのような無知蒙昧なものの中で、真実の神の使者としての役割というもの、神の思いというもの、天上界の方たちの思いというもの、指導者としておられる九次元の、インマヌエル、イエス・キリストの思いというものをほんとうに理解する、今日の姿というのはないと思うのです。
「それをほんとうに理解してほしいから、けっして、まつり上げた姿なんかで自分を好いてもらっても、好かれなくてもいいから、自分のありのままの姿を通して、わたしを神の姿の代弁者として、あなた方と同じ神の子として、わたしを見つめてごらん」 と、大いなる愛の中で、インマヌエル、イエス・キリストは地上の者たちにメッセージを送っているのです。
上に行かれれば行かれるほど、自分を買いかぶったり、自分をそれ以上の者にまつり上げようとする、そのような思いというのはなくなってくるものなのです。
今までは、その衣を着ることも、ひとつの、人類を指導するという意味においては必要だったかもしれない。
でも、今はもうそんな必要がなくなったから、神々と呼ばれていた方がたは、その衣を脱ぎ捨て、一人の人格霊、人間として、神の子の仲間として、地上の者たちに、その姿をさらけ出そうとなさっているのです。
<バプテスマのヨハネ>








