20歳の頃、東京の錦糸公園というところで

強盗に合った話

 

この前の話はここから

 

 

重症で緊急搬送された私は、

会社に電話をした。

 

強盗にあって怪我をしたため、

しばらく会社を休むことになった。

 

手のひらはえぐれてうまく動かせない

膝もえぐれてうまく歩けない

 

顔への打撲が多かったせいか、

焦点がうまくあわない。

 

当時はそこそこ責任のある仕事をしていて、

その仕事に誇りをもって務めていた。

 

そんな仕事もできなくなり絶望していた。

 

なんで、こんな目に合うんだ。。。

 

親父の形見だった財布も奪われて...

 

 

なんで...

 

 

なんで...

 

 

なんとか傷も塞がり職場復帰を果たすも、

 

仕事人間だった私は、

仕事が出来ない事、

地に落ちた状態に耐えられずうつ病になってしまった。

 

本来うつ病というものは、

基本的に働く事が出来ない。

 

その気力もなく、

ただただ死にたいと思うものだ。

 

ただ、そんな自分と仕事がしたい自分が頭の中で戦っていた

 

電車に乗る事もできないため

タクシーで会社まで行くも

おりた瞬間に嘔吐する

 

このルーチンがほぼ毎日だった

 

もちろん、仕事に行っても頭では働きたくても

簡単な計算すらできない

 

不思議な物で鬱になると

信じられないくらい頭の回転が悪くなる

 

そんなこんなしているうちに、

職場からは療養を優先してくれという形で、

退職を促され仕事まで失った。

 

特に貯金などもしていなかった私は、

月に8万円の家賃も払えなくなり、

母親のサポートを受けて何とか暮らしていた。

 

ただ虚しさを抱えながら

心療内科と自宅をうろうろする日々

 

唯一の救いは、

近所に映画館があったので、

映画を観ている時だけは全てを忘れることが出来た

 

ある日、実家からお袋が来て

もうこの場所がよくないんだろうから引っ越そう

 

と言ってくれた

 

実家に帰る選択種も与えられたが

私は孤独に弱い人間だから

実家に帰ったら友達もいないし

恐らく引きこもりのニートになってしまう

 

そう思って何とか説得して、

東京の別の場所に引っ越すことになった。

 

それから1年経った頃

知らない電話番号から電話がかかってきた

 

警察署の組織犯罪対策課の人だった

 

病院に行った後、

警察署に行き犯人の特徴などを伝えて

いくつかの写真を見せられていた。

 

その中から片目しか見えない状態だったが、

何人かこの人だと思うと指していた人物が

やはり犯人だったようで

 

捕まったという連絡だった

 

ただ、残念なことに

犯人はフィリピン人の未成年だった。

 

海外に逃亡したりして

捕まえるのに時間がかかって

ようやく捕まえたら未成年....

 

兎に角、許す気はなかった。

 

私から仕事を奪い

亡き父親の形見を奪い

こんな状況に追い込んだ相手を...

 

そして、ここで日本のひどい仕組みに落胆することになる

 

続く