明日を見つめて~野上 薫の告白⑭ | 明日を見つめて-confession:告白-

明日を見つめて~野上 薫の告白⑭

名刺を受け取ってから3日間、私は何も行動を起こしてはいなかった。本当にどうして良いかわからず、征ちゃんにひと言だけ事の成り行きを話したけど 『どちらでも好きな方を選べば良いんじゃないの?』 と半分そういう事に深く関わるのを避けるような意味合いの言葉でかわされてしまった。私としてはアマチュアとはいえ、演劇をしている人間だからそっちの方面に関して何がしかのアドバイスをもらえたらと思っていたけど、本人としてはそういった話は基本的に自分で決め、実力に応じてその段階を踏んでいくものだという信念があるらしく、私のようなポッと出たような話においては全くノータッチで傍観する側になっていた。

結局、お店のスタッフに相談してどうすれば良いかの判断を仰いだところ・・・・・紫光嵐関はお客とはいえそれなりに名の通っている人物でもあるし、その人物から渡された名刺にも十分に世間に知られている会社の社長の名前が明記されているという2点の理由から、一度行くだけでも構わないのでは?という事になった。


そして名刺を受け取ってから5日目に、私は名刺に書かれた住所の場所に足を運んだ・・・・・そこは南青山という場所で、最寄り駅で言うと東京メトロ・銀座線の外苑前と表参道で2つの駅のちょうど中間辺りに位置していた。表参道から青山通りを外苑西通りに向かって5分ほど歩いた場所で、ちょうど外苑西通りの通称「キラー通り」の手前に立派なビルを構え、その前をお洒落な装いの人々が行き交っている。会社の前まで来たのはいいものの中に入るのに少しばかり躊躇した・・・・もしかしたら話の行き違いで門前払いになるかも知れないという恐れもあったし、最悪の場合門前払いだけで済まずにそのまま警備員なり警察に捕まったするかも知れない・・・・・・そう考えるとその場から最初の一歩が踏み出せなかった。でもこのまま何もしないで帰るとまた振り出しに戻るだけだった・・・・・私は意を決してビルの中に足を踏み込んだ。


ビルの中に入ると外の喧騒は消え、静かな空間の奥に受付が見えたので、そこに向かって歩く・・・・・歩くたびに自分の足音がカツカツと響き、自分の存在が目立っている感じがして嫌だったし、受付に着いたら今度は受付の女性がとても美人で、自分とでは比べ物にならないという現実感に余計嫌気が差した。受付の女性に名刺を見せ、自分の名前と紫光嵐関からの紹介だという旨を伝えると意外にもすんなりと話が通り、応接室へと案内されて待つ事10分・・・・・・その間、何もすることがなく、緊張感もあったので、視線をあちこちに向けては見た事がない風景に目を奪われた。

窓の向こうに広がる、私の部屋から見える新宿のビル群とは違った緑と調和した、東京の中心地からの眺望をはじめ、見るだけでも超高級と分かる応接セットのソファーの天国のような座り心地と、ピカピカに磨かれて外の光を反射するしている、がっしりとした足と分厚い天板の天然木テーブル・・・・その下に敷かれたフワフワ感豊かなカーペット。そして嗅いだことのない何とも落ち着きを感じさせてくれるフロアアロマの香り・・・・このゆったりとしたスペースからでも十分にこのレコード会社の充実さが分かる。


そうしてあちこちに目を奪われつつ時間を過ごしていると、丁寧に叩くノックオン2回と共に扉が開かれて、テレビでも見た事があるその人が現れた。私はすぐに立ち上がって深々と頭を下げる。

『野上さんでしたね。あ、そんなにしなくても良いですよ・・・あなたはお客さんなのですから。さぁどうぞお掛けください』

そういって私をソファに掛けるようにと促して続いて自分も正面に対座した・・・・・年は40代手前ほどで、テレビで見るよりもしっかりとした大人の印象がある。それに実際にこうして会って見ると・・・・やはり社長としてのオーラがヒシヒシと伝わってくる感じがして、余計に緊張してしまう。そんな私とは対照的に大人の余裕と言うのだろうか?ゆったりと姿勢で私を見つめ、静かで落着きのある口調で話し始めた。


『もう名刺で名前はご存知かと思いますが、この会社の社長をやっています [松田] と言います。すみませんね、こんな所までわざわざ来て頂いて・・・・とりあえずの話は私も彼から聞いておりますので、まずは簡単に事の成り行きを説明しましょう。そうでないとあなたが何故ここに来ることになったのか分からないまま話を進めても、すれ違いが生じるだけですので・・・・・・・・・・・・それで、よろしいでしょうか?』

それに対して私が肯定の意を込めて首を縦に振ると、[松田社長] はそのままの口調で再び話し始めた。



≪続く≫