明日を見つめて~神崎美里の告白⑥
今までの重苦しい空気や『奴』の存在から受けるプレッシャーにやられ、立ち上がれないでいた自分が嘘のようにスッと立ち上がって思い切りドアを開けた。
視界は眩い光にやられたままで白く、少しぼやけ気味になってはいるが、それでも視線の先に『奴』の姿が僅かに見てとれていた。
『奴』は驚きと共にこちらを振り返り、私の姿を見つけて立ち尽くしているようだった。
どのくらいの間だったのだろうか・・・・・・・・私は左手で包丁を持ったままジッと『奴』に狙いを定め、片や『奴』といえば、まさかの私の行動に驚き、その場に呆然と立ち尽くしている。多分、ハッキリとは見えなかったが、包丁を持った私の姿に顔を引きつらせ、そして足が震えて動けないでいたのだろう。
そのあとの事をハッキリと覚えていないけど、その時の感覚が身体にしっかりと残っていて、私が起こしたアクションはこうだった・・・・・(と、思う。)
無意識下の中で『奴』に狙いを定めた私は突如として走り出し、『奴』はそれに伴って何歩か後ろに後ずさり、そのスピードの差によって一気に私は『奴』との距離を縮めた。そして飛び込むような疾走感の中で、包丁を持った左腕を大きく振りかぶる様に高く上げ一気に振り落とした。
・・・・・・・・・・私の感覚が鈍っていたのだろうか?それとも躊躇いがあったのだろうか?
私が振り落とした包丁は『奴』を捉えたはしたものの、切っ先で腕に一本の切り傷を与えた程度で終わってしまった。
ストップモーションのような曖昧な感覚に襲われつつも二人の間に奇妙な間合いが存在していて、私の一撃によって出来た傷口から鮮血が溢れ出し、その血が次々と地面へと滴り落ちていく。その様子に私も・・・そして切られた『奴』までも目を奪われていた。私は瞬発的なアクションに興奮していて息継は荒く、肩をつかって大きく呼吸を繰り返していた。
そのままの状態でどのくらいの時間が過ぎたのだろうか?異様に長く感じられたが、多分1分にも満たない短い間だったと思う。そのストップモーションから徐々に身体が解放されていこうとする中で、まず最初に『奴』の身体が小刻みに震え始め、その異変にあわせて私も次の動きに備えるべく、『奴』の様子に注視した。
「ぅぅぅぅぅ‥‥‥」と小さな呻き声を上げ、身体の震えが段々と大きくなってゆく。その震えの大きさによって先ほどまで続いていた、あの金縛りにでもあっていたかの様な感覚から『奴』も解放されていくのが目に見えてわかる。
もう一度「ぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・」と呻き声を上げる。
1度目よりも大きく・・・・長く。
私の身体に緊張が走る。『奴』の様子に注視してはいたが、正直・・・どう対処して良いのか分からなかった。再現映像では<彼女の一撃を受けた相手はそのまま走り去るように逃げていった>という内容で全てが終わり、次のアクションはなかった。
それでも抵抗の姿勢を保ち続けなければ私がやられてしまう・・・・・私は持っていた包丁を両手に持ち直し、その切っ先の狙いを真っ直ぐに『奴』へと定めてジッと睨み付けた。
しかし・・・・・・・事は呆気なく終わりを告げる。
『奴』がジリジリと2、3歩後退り、その動きに対し私は包丁を持つ手にグッと力を込めた。
どう動いてくるのか?・・・ただそれだけに集中し、向こうの出方を待つ。
「ジリジリジリ・・・・・」また『奴』が後退りをする・・・・・・・そして次の瞬間!?
素早く踵を返して私に背を向けて走り出し、足音はあっと言う間に遠くへと離れ、その場に静寂だけが残された。玄関前の薄暗がりに取り残された私は今さっきまで確かにいた『奴』の位置に視線を落とすと共に、ゆっくりと膝から地面にへたり込む。そして耳を済ませてみたが、『奴』が戻ってくるような気配も無く、またそんな足音ももう聞こえてこない事に安堵し、包丁を握り締めていた手の力を緩めた。
全てが終わったという実感は無かったが、地面に点々と垂れ落ちた『奴』の赤い血糊が<反撃を実行したという証>として残っていた。
≪続く≫