直江兼続も崇拝したと言われる、愛宕権現。
直江兼続の兜の「愛」の文字も、愛宕権限からの由来との諸説もあります。
苦難を乗り越え、勝利を導くと言われる愛宕権現。
愛宕権現(あたごごんげん)は愛宕山
の山岳信仰
と修験道
が融合した神仏習合
の神号
であり、イザナミ
を垂迹神として地蔵菩薩
を本地仏
とする
愛宕山は修験道
七高山の一つとされ、「伊勢へ七たび 熊野へ三たび 愛宕まいりは月まいり」と言われるほど愛宕山は修験道場として栄え[3]
、愛宕山の修験者は「愛宕聖」や「清滝川聖」とも呼ばれた。江戸時代
にかけて愛宕修験がますます盛んになると、愛宕山白雲寺から勧請
された愛宕社が全国に広まった。
愛宕山白雲寺は勝軍地蔵 (将軍地蔵)を本尊としたため、戦国時代 にかけて愛宕権現は勝軍地蔵が垂迹 した軍神として武士 から信仰を集めたと言われています。


