こんにちは。バンクーバーは現在7度。曇りです。
今日は僕が留学した理由について書いていきたいと思います。
留学した理由
僕が留学を決意した理由は大学受験の失敗です。
昔からなんとなく留学してみたいなと思っていたものの、大学受験の失敗がなければ実際にはしていなかったと思います。
留学ってなんか良さそうだけど勇気が出なかったり、お金がかかりそうだし、まして海外の大学に行くなんて、、、
完全に僕もその一人でした。
海外旅行にすらいった事のなかった僕にとって留学は怖さの塊でしかなかったのです。
大学受験
ではここからは僕の笑えるほど惨めな大学受験の経験を書いていきたいと思います。
まず僕は2度大学受験をしましたが、そのどちらもが全落ちでした。もちろん一個の大学だけを受けた訳ではありません。センターを含め全落ち。
今思うと、確かに現役生だった時の受験の仕方には無理があったと思います。
センター、一般含めMARCH以上しか受けないという選択をしたからです。
受験経験者からしたら笑えますよね。いきたい学校がたとえMARCH以上だとしても滑り止めは受けるのが受験の基本。
しかしそもそもMARCH以上が受からなかったら浪人するつもりでした。それだけ自分に自信がありました。
(あの自信はどこから来たものか、今でも恥ずかしい限りです)その結果周りの反対も押し切って受験しましたが惨敗。
あの時はかなり必死だったのを覚えています。
親、学校、周りからの無言の圧力。MARCH以上に行かなければ、、そのような使命感的なものがありました。
そして2年目、今度は逆に自分に自信がありませんでした。受験当日まで自信がなかったのです。
自分が合格している姿がまるで浮かびませんでした。ハードルは下げました。堅く、堅実に合格を勝ち取ろうと。
しかしまた頭によぎるのはMARCHの壁。(浪人したのだからそれぐらいはね~)というプレッシャーを感じていました。
毎日の勉強が嫌で嫌で仕方がありませんでした。次第に考えは変わりどこでも良いから受かって早くこの日々から抜け出したいと思うように。
そんな考えの人が合格するはずもなく結果はまた全落ち。
流石に全落ちは予想外でした。合格確実と思われていた大学も落ちまさに人生のどん底。人生2度目の挫折。もちろん1度目は現役のときです。
もう僕にはこれ以上大学受験の勉強する気も力もありませんでした。2年間で20校以上受けて合格0。
僕にとってはかなりのダメージ。誰にも合わす顔がありませんでした。
全ての結果が出た後、真っ先に向かったのは塾の先生も元でした。僕が一番信用していた恩師の元です。
結果を伝えた後まずは僕の気持ちを伝えました。
『もう一年はできない。』
これは僕の心の叫びでした。
2度の受験で一度も合格を手にした事のない僕。もう一年は無理でした。
先生は僕の考えをあっさりと受け入れてくれました。
ただ受けないと決めたは良いが、今後の進路は全く考えておらず一緒に進路を決める事に。
出てきた選択肢は3つ。 専門学校、通信課程の大学、そして就職。
就職という選択肢はすぐに消えました。理由は簡単です。まだ働きたくなかったから。
そして専門学校という選択肢もすぐに消えました。
この理由も簡単です。やりたい事がなかったから。
残ったのは通信のみ。通信の説明会などに出席したり、パンフレットを取り寄せたり通信に向けて動き出しました。
そんなある日僕は先生と一緒になんで大学受験をしたのか考えました。
その答えは意外といえば意外、しかし多くの受験生が思っている事と同じではないでしょうか?
どうしても行きたい学部があったわけでもなく、何かしたい事があったわけでもなく、ただ単に大学でのキャンパスライフを楽しみたかったのです。
その答えが出た僕にとって、通信というのはあまりにも魅力的ではありませんでした。
ここでやっと海外での大学進学という選択肢が出たのです。
海外なら自分の考えていたようなキャンパスライフをおくる事ができるのではないか。
この日をきっかけに僕は海外の大学進学について調べ始めました。
これが僕が海外での大学進学を選択した理由です。
少なからず何人かには、この選択について逃げだと言われました。
悔しかったです。
僕にとってはこれは逃げなどではなく、むしろ挑戦だったからです。
バンクーバーにきて半年ほど経ちましたが決して楽しい事だけではありません。でも留学と言うものは確実に自分を成長させてくれるものだと断言できます。
皆さんもぜひ考えてみてはいかがでしょうか?
今後留学決意後にどのように準備したのかを書いていきたいと思います。
参考にして頂けたら嬉しいです。
では今日はこの辺で。 ばいちゃ!!
