2018年の「ユーキャン新語・流行語大賞」のノミネート語30に選出された言葉に「グレイヘア」があります。グレイヘアとは、いわゆる白髪のことです。理容室 / 美容室などでは、「白髪が目立ってきましたね」などとお客様に向かっていうと嫌がられるため、あえて「グレイヘアが目立ってきましたね」といいかえたりしています。

 

そんなグレイヘアが2018年に注目されました。ことの発端は、フリーアナウンサーの近藤サトさんや俳優の吉川晃司さんらが、白髪を染めずにそのままの髪でメディアに出演したことにあります。普通は、白髪には老いのイメージがあります。新聞社のインタビューで近藤サトさんも、白髪は老いの象徴で醜いというイメージが若い頃はあったと語っています。


流行語大賞にノミネートはされたものの、正直なところ近藤サトさんらの同世代がから大きな支持を得ていたかといえば、やはり「白髪はいや!」というひとの方が多かったことでしょう。

万葉集にもあった白髪の文化

この白髪を嫌う意識は、じつは『万葉集』にすでに見ることができるんです。『万葉集』には、天皇、公家から下級官人、防人などさまざまな身分の人間が詠んだ歌が収められています。このなかには、仁徳天皇の皇后で磐之媛命(いわのひめのみこと)の作とされる歌も収められています。

 

じつはこの磐之媛命というひとは、めちゃくちゃ嫉妬深かったようで、自分が熊野神社にお詣りに行っているあいだに仁徳天皇が浮気をしたことに怒って、別居したといわれています。

 

そして、別居したまま亡くなるのですが、「ありつつも君をば待たむうちなびくわが黒髪に霜の置くまで(私の長くなびいたこの黒髪に霜が降りるまで、このままいつまでもあなたを待っています)」と、白髪になっても仁徳天皇が迎えに来てくれるのを待ってますという歌を残したりしているんです。

 

磐之媛命は、いまでいうツンデレな性格だったのかもしれませんね。

平安時代にも嫌われていた白髪

そして平安時代でも、やはり白髪は嫌われていました。『うつほ物語』には、「散る花ぞかしらの雪と見えわたる花こそいたく老いにけらしな」と、散る花は頭に積もる白い雪で、白髪のようにみえると、白髪が老いの表現となっています。また、『源氏物語』では、白髪が植物のツクモ(江蒲草)に似ているいて、また白が百の字に一つ足りないことなどから、百年に一年足りない(九十九=ツクモ)白髪頭として、老いを表現しています。

 

白髪を意の象徴としてとらえ嫌ってしまうのは、1,000年以上も昔から続いていたんです。そう考えると、ちょっとしたくらいのことでは、わたしたちが白髪を見つけたら、おもわず抜いたり、染めたりしたくなる意識を変えるのは難しいことなのかも知れませんね。