洋の東西を問わず、東南アジアを旅する男性の目的の一つに、買春があることは否定できません。タイはもとより、未成年者とのセックスがしたいために、ラオスやカンボジアを旅行で訪れたという男性たちも、過去には存在します。
現在でも、脱童貞を目的に東南アジアを訪問する男性は少なくないでしょう。
売買春が合法の国や地域もあるため、性を求めて旅行をするセックス・ツーリズム自体を批判することはできません。もちろん、タイをはじめとする東南アジア諸国では売買春は違法なのですが・・・・・・。
これまでセックス・ツーリズムは、例えば日本人男性が日本から海外へ出掛けるアウトバウンドで成り立っていました。
ですが、最近それが変化をしはじめ、売春をする女性たちの方から日本へやってきています。つまり、セックス・ツーリズムが、アウトバウンドからインバウンドへと変わってきているんです。いったいそれは、どういうことなのでしょうか。
大きな話題となった日本人男性のセックス・ツーリズム
1980年8月8日、『読売新聞』に「日本人の買春旅行世に界の醜聞に」という記事がでました。その記事の内容はというと、国連婦人の10年中間年日本大会実行委員会会議の席上、インドネシアの婦人団体から日本人男性の買春行為は日本全体の責任で、しつけが間違っているのではないかと糾弾されたというものです。
じつは、この前年の1979年、大手計算機メーカーの招待客189名がマニラのラマダ・ホテルに集められた女性たちを選び、各々部屋に消えていったという“事件”がありました。
この事件は、婦人団体が問題提起をしたり、週刊誌がおもしろおかしく取り上げたりしただけではすみませんでした。
フィリピンのイメルダ・マルコス(フェルディナンド・マルコス第10代大統領夫人)の逆鱗に触れ、翌年にフィリピンを訪問した鈴木善幸首相(当時)は、ASEANとの友好関係を維持する立場から、セックス・ツーリズム(=買春ツアー)に対して行政指導するということをコメントしなければならいほどに国際問題化したんです。
セックス・ツーリズムに対する現地の批判運動が、もう少しで反日運動、日本製品の不買運動などに発展しようとしていました。
このフィリピンでのセックス・ツーリズムは、タイにも波及します。1981年1月10日の『読売新聞』によれば、チュラロンコーン大学講師のコトモ・アリーヤ氏が学生団体と一緒に、日本人のセックス・ツーリズム反対の署名活動をおこなっています。
ちなみに、1979年の大手計算機メーカーのセックス・ツーリズムの費用は、国内費用も含めて3泊4日で12万5千円だったとのこと。当時の大卒の初任給が、まだ10万円にあと一歩たどり着いていない時代です。
大手計算機メーカーが、販売店主たちの労をねぎらい招待する旅行と考えれば、いい値段だったのかもしれません。
セックス・ツーリズムの芽生え
東南アジアといえば、セックス・ツーリズムと考えられるになったのは、1965年にさかのぼります。当時のタイ政府が駐留アメリカ軍と「休暇とレクリエーションに関する協定」を結んで、アメリカ軍兵士に娯楽と性的サービスを提供することになったことから、売買春が盛んになりました。
これが、リゾートビーチ「パタヤ」のはじまりであり、「ゴーゴーバー」などの誕生のはじまりです。
1975年のベトナム戦争終結後もタイ政府は、外貨獲得と売春婦の失職対策からアメリカ兵士に替わる国際観光客に対する性的娯楽産業を推進してきました。しかしながら、HIV感染者/AIDS患者が急増したこと、フェミニストや人権擁護団体などからの批判を受け、1990年代からセックス・ツーリズムは下火になっていきました。
1979年の大手計算機メーカーのセックス・ツーリズムは、国際社会からも注目されましたが、『旅と観光の年表』をみると、すでに1973年1月に「買春問題と取り組む会が結成され、婦人21団体が参加。タイ・フィリピン・台湾・沖縄への買春ツアー、韓国の妓生パーティなどが問題とされる」とでてきます。海外旅行が自由化されて10年もたたないうちに、セックス・ツーリズムが問題視されたんです。
そう考えると、海外旅行はセックス・ツーリズムで盛り上がったということもいえるかもしれません。
ですが、これは国際社会からの批判の的です。そのため、日本政府も1974年2月に、「運輸省観光部、国際旅行業協会に対し、海外旅行の健全化について通達」し、同年5月には「外務省から運輸省を通じて、国際旅行業者協会に対し、韓国への邦人旅行者に対する注意の喚起方について要望」しました。しかしながら、結局のところ1970年代を通してセックス・ツーリズムはおこなわれ続けたんです。
繰り返しなりますが、売買春が合法の国や地域もあります。たとえば台湾では、北投温泉などは合法的買春地区とされ、セックス・ツーリズムの受け入れをおこなっていました。そして、タイについても、すでに示したように、外貨獲得と売春婦の失職対策からセックス・ツーリズムを受け入れてきたんです。
セックス・ツーリズムとロマンス・ツーリズム
ところで、セックス・ツーリズムというと、男性観光客がセックスを目的に海外に旅行に出掛けるというイメージが強くあります。ですが、実際は女性だってセックスを求めて海外旅行に出掛けることがあります。
けれども、ヨーロッパなどから東南アジアへ旅行する女性と地元の男性の関係の場合、男性は直接金銭を要求しない場合があるわけです。もちろん、直接的でなくても間接的に金銭か他の利益を得られることをのぞみます。そして女性観光客は、セックスのみならず、ロマンチックな関係を求めていることが多いのが特徴です。そのため女性の場合は、セックス・ツーリズムではなく、ロマンス・ツーリズムという言葉で語られる場合があります。
ちなみに、ファンスワン・ノップマットというタイ人研究者が、タイのイメージに関する研究をおこなっています(「“SMILES OF DECEIT”: “FARANGS” AND THE IMAGINING OF THAILAND IN CONTEMPORARY WESTERN NOVELS 」)。
それによると、1989年から 2004年までのタイを舞台とした、タイ人女性と西洋人男性が主人公となる西洋文学では、タイ人女性と西洋人男性は、ネオン街で男女関係を展開すること、タイ人女性にとって、西洋人男性にサービスをすることは、彼女たちの仕事だと見なされている一方で、西洋人男性にとって、タイ人女性のサービスは西洋人に対する愛情があるためだと表現していることを指摘しています。
西洋文学のなかでのセックス・ツーリズムは、ロマンス・ツーリズムとして描かれているんです。たしかに、タイ人女性を現地妻にしている欧米人と見ていると、あくまで恋愛関係であり、自分の恋人だから生活の面倒をみているという立場です。
セックスの代償としてお手当を払っているなんて、口が裂けてもいいませんよね。
セックス・ツーリズム2.0
そんなセックス・ツーリズムですが、冒頭で示したように、アウトバウンドからインバウンドへと変わってきています。具体的にいえば、男性観光客がセックスを求めて海外旅行に出掛けるのではなく、売春をする側の女性が観光に赴き、現地で男性を相手にセックスを生業とするようになってきています。
セックス・ツーリズム自体、具体的な統計データがあるわけではないので、どの程度アウトバウンドからインバウンドに転向しているかを証明することはできません。ですが、読者の男性諸氏のなかには経験があるという人もいるのではないでしょうか。
例えば、シンガポール出張時にオーチャードに呑みに行ったとき。いわゆる、テーメーカフェ的なバーで知り合った女性がシンガポール人ではなく、マレーシア人やインドネシア人だったという経験はありませんか。これだけだと、「バンコクで知り合った女性もタイ人とは限らず、ラオス人やミャンマー人もいるわけだし、たんなる出稼ぎ労働者では?」と思う諸氏もいるかもしれません。
ですが、東京や大阪など日本国内で知り合ったタイ人女性との会話の最初は「日本に観光に来ていて、いつまでいるよ」というところからはじまったものの、最後は女性のホテルの部屋に誘われた経験があるという人もいるでしょう。これは出稼ぎというよりも、観光に来たついでに、観光の軍資金をセックスによって得ているんです。
ある意味で賢い方法だなと、へんに納得させられます。日本を観光するとなると、けっこうな費用がかかるわけです。それを、1日1人セックスをすれば、1日分の滞在費くらいにはなります。ただし、確実に“顧客”を見つけられる保証はありません。そこで、ウェブに女性の写真とプロフィール、来日時期や期間を載せ、そのあいだ女性をレンタルするというビジネスモデルも登場しているのだとか。
タイに観光に来ているあいだ、通訳とエスコート・サービスを兼ねてタイ人女性をそばに置いておくのと逆のサービスなわけです。男性からしても、海外に行く交通費や宿泊費がかからない分、割安にセックスができるともいえるでしょう。
ただし、これは台湾などではすでに問題化しています。タイ人は台湾にノービザで入国できるのですが、これを利用して台湾で買春をおこなうタイ人女性が増えているのだとか。そこで、ノービザでの入国に回数制限を設けようという動きがではじめようとしています。
日本で海外旅行を兼ねて買春をおこなうようになったタイ人女性たちが増えたのも、ノービザで日本に来られるようになったことが大きな一因です。彼女たちは、台湾、日本、韓国と周遊で旅をおこない、それぞれの国で旅の軍資金を獲得しています。こうなると、セックス・ツーリズムのインバウンド化というよりも、ノマド的セックス・ワークといった方が正しいかもしれませんね。
いずれにしても、セックスを求めに海外旅行に出掛けなくても、向こうからやってきてくれるセックス・ツーリズムは、アウトバウンドからインバウンドへ形態を変化させました。この新しいセックス・ツーリズムを、アウトバウンド時代と区別する意味で、「セックス・ツーリズム2.0」とよびたいと思います。
日本をはじめとして消費活性化のために、インバウンドを増やす政策がおこなわれていくなか、このセックス・ツーリズム2.0は、今後どうなっていくのか、注目に値します。
