不特定多数の人々が乗り合わせる電車内では ささいな行動であっても 迷惑行為となることが少なくない

大手民鉄16社で構成される日本民営鉄道協会(2011)による2011年の駅と電車内の迷惑行為ランキング調査によると 3年連続で「騒々しい会話・はしゃぎまわり等」が36.8%でトップであった

28.8%で3位の「携帯電話の着信音や通話」 27.0%で4位の「ヘッドホンからの音もれ」を含めると 音に関する行動が迷惑行為として上位となっていることがわかる

ほかにも 「座席の座り方」が31.2%で2位であり 「乗降時のマナー」が25.1%で5位である

電車内の迷惑行為として たびたびメディアに登場する「電車の床に座る」は18.8%で7位であり 「車内での化粧」は17.5%で8位であった

また近年、問題視されている「混雑した車内へのベビーカーを伴った乗車」は13.7%で11位と けっして少なくない者が迷惑行為として認識している

これまで迷惑行為に関する研究は、いくつかおこなわれている

中村(2012)は 社会的迷惑行為に関する心理学的研究を概観し 社会的態度 自己制御 羞恥心 恥意識が社会的迷惑行為に影響する要因であることを示唆した

中里・松井(2007)は 恥意識が自らを省みたときに感じる自分恥 自分の行動が社会一般の常識やルールと一致しないときに感じる他人恥 身近な仲間集団と自らの考えや行動とが一致しないときに感じる仲間恥からなることを指摘し 自分恥と他人恥が青少年の非行的態度を抑制する要因であることをあきらかにした

中村(2010)は 自分恥と他人恥について検討し 社会的迷惑や逸脱行為に抑止的な影響を及ぼすこと 規範意識の低い集団への同一視が高い場合には仲間恥が社会的迷惑行為や逸脱行為に対して 促進的に影響をすることをあきらかにした

小池・吉田(2011)は、共感性や社会考慮と公共の場における迷惑行為との関連を検討し 社会考慮の高い者は 目の前に被害者となりうる人物が少なくても 社会に迷惑をかけることを好まない傾向があることをあきらかにした

また 共感性の高い者は 被害者が多い場合には迷惑行為を抑制するが 被害者が少ない場合には迷惑行為を実行すること 共感性の高い者が被害者の視点をとるとは限らず 別の他者の視点をとり迷惑行為を実行する場合があることをあきらかにした

さらに小池・吉田(2012)は 共感性や社会考慮と公共の場における迷惑認知との関連を検討し 社会考慮の高い者は低い者に比べ 迷惑行為をより迷惑であると認知していることをあきらかにした

谷(2010)は 公共場面における迷惑行為に対して喚起される罪悪感について 共感性 自意識がどのように関連しているか検討し 罪悪感への自意識の関連は認められなかったものの 共感性との関連をあきらかにした

迷惑行為を 電車内に限定しておこなわれた研究もある

北折(2008)は 電車内での迷惑行為に注目して検討をおこない 迷惑認知が無神経と感じることに影響していること 社会的考慮の高い者ほど迷惑行為を空気が読めない行為と評価する傾向が高いことをあきらかにした

迷惑行為として指摘されている 人前での化粧に注目した研究もある

平松(2007)は公衆場面における化粧行動について検討し 若者にとって公衆場面とはその場面の対人接触の高低により構成されていること 化粧の入念度の高い場面では 公衆場面における化粧行動も高いことをあきらかにした

また 平松(2010)は 男女とも不特定他者がいる比較的公的な場面で社会的にも化粧をしてよいと考えている者は 特定・不特定の他者の存在に関係なく化粧行動をおこなっていることをあきらかにした

人々は 社会や集団において行動や判断の基準である規範を共有している

しかしながらそれは 普遍的なものではなく その社会固有の価値や行動様式を学習し経験することによって社会化され 獲得される

したがって 規範は社会や集団に固有であり 時代や文化によって変化する

平松(2009)があきらかにしているように 今日では迷惑行為として認識されている電車内における化粧行動が 1900年代前半にはそうではなかったことからも理解できる

また ある社会への新規参入者が社会化されていなければ 規範を共有することができず 既存の者とのあいだでズレを生じさせ 特定の行動が迷惑行為となる

そのため 迷惑行為を検討するうえで 迷惑行為をおこなっている者とその行為を迷惑であると認知している者との比較検討は重要である

しかしながら そのような研究はほとんどおこなわれてこなかった

そこで本研究では そのような比較研究に向けた予備的研究として 一般的に多くの迷惑行為の当事者として考えられている青年男女を対象に迷惑行為の検討をおこない 彼らの迷惑行為に関する意識と実態をあきらかにすることを目的とする

今回の研究では迷惑行為がおこなわれる場面を電車内に限定する

迷惑行為は多様な社会的場面で起こりうる可能性があるものの それゆえにいったいどのような場面でどのような行動が迷惑行為となり得るか その範囲は広いものとなる

その社会場面に居合わせたことの経験の有無によって 規範の獲得に偏りが考えられる

すなわち 航空機を利用したことがない者にとって 機内でのどのような行動が迷惑行為となるかといった規範が獲得されることは難しい

そのため 青年男女であれば複数回利用したことがある電車内に場面を限定することで より詳細な検討を試みた

【原著】
平松隆円 2013 化粧をはじめとする若者の電車内迷惑行為と個人差要因との関連性 佛教大学教育学部学会紀要 12 pp.129-139