社会学、心理学、文化史学など、男性が女性物の衣服を着ることに関する研究は、多い。しかし、ほとんどの場合「服装倒錯」「変身願望」「女性化志向」「衣服における性差のあいまい化」などを指摘するにとどまる。

それは、女装をおこなう者の声をもとにしているのではなく、男らしい男性なら男らしい衣服を着るということが無意識的に前提として研究がすすめられている。



一般的には 服装において形態上の男女差があらわれたのは、最もはやいヨーロッパでも中世以後とされている。それ以前は、男女とも基本的には筒状の服を着ていた。日本においても同様である。

日本の衣服の場合、そこには男女差はない。着物の合わせは男女で同じ。むろん、柄による違いはあるが、服装における男女差が広がったのは、産業社会化がすすみ、社会的なレベルでの男女の役割分担が浸透することにより、男性はシンプルで地味な、女性は形も色も華やかという方向に向かっていったからだ。

つまり、どのような服を着るかということは、社会や文化と無関係ではいられない。

にもかかわらず、これまで社会や文化といった外的側面から、また個人の性格特性といった内的側面から総合的におこなわれた研究は ほとんどない。

彼らはなぜ、女の子たちと全く同じファッションをおこなったのか。

「ギャル男」を報道したメディアや「ギャル男」の生の声を中心とする言説分析に加え、社会心理的研究の結果を加味することで 現代における女装行動の意味を文化心理的に考えてみたい。



【原著】
平松隆円(2008)「現代における女装行動に関する文化心理的考察」佛教大学教育学部学会紀要、佛教大学教育学部学会、第7巻、pp.211-223