今日、リュウの保育園の先生と久しぶりにゆっくり話をしていて言われたこと。
「リュウくんって本当に優しいです。
何故それができるのか、思いつくのか不思議です。」
リュウは最近、いつもトラちんに遊ぶのを邪魔されている。
ホントなら顔を見るのもイヤになるくらい、作ったものを壊され、遊ぼうと思ったものをとられ・・・と言った調子で。
ほんとに怒ってもしょうがないなぁ・・・と思ってみている。
「もう!!やめてよ!あっち行っててよ」と押しやったり、時には転がしたり(これが考えた末の行動らしい。突き飛ばすと危ないし、叩くわけにも行かないし・・・って感じらしいのだ)している。
「ばかばか!!あほ!うんこ!!ぷー!!くさいっ!きちゃない!!」
思いつく汚い&悪い言葉すべてあわせてののしっているときもある。
(ま、こんな言葉で威嚇できると信じているところが幼い・・・・笑)
きついことをすると、私やダンナ殿に怒られるし・・・・。
でも、必ずいきなり怒らない。
たとえば、プラレールで遊んでいて邪魔されたら、別に線路を組んでやり、電車までつなげて渡してやり、「こっちで遊んでいいよ」って誘導する。
それで自分は違うものを作り始めるのだが、やっぱりトラちんはリュウの方に行ってしまうのだ。
ブロックでも、ままごとでもそう。
使ってないもので、自分なりに遊べる工夫をしてやって、渡してやってみている。
この工夫が何故できるのか、先生は不思議だと言う。
わたしが言ったのは「リュウ、遊んでないもの少し貸してあげたら、トラちんそっちで遊ぶかも知れないよ」って言った一言だけ。
あとはリュウが自分で考えた。
それもずいぶん前に一度言ったきりだったと思う。
リュウは本当に優しい。
トラちんにやきもちもやくし、「ちょっと抱っこして欲しくなったの」とこっそりやってきたりもする。
夜中にトラちんとわたしが寝ているセミダブルの布団に、狭いのにもぐりこんできたりもする。
でも、トラちんのことは本当に大好きで、そしてトラちんが自分を大好きだと信じている。
ちょっと得意げに
「リュウはみんなのリュウやからな~。」とトラちんに言っている誇らしげな顔。
「嫌い!もう大嫌い!おなかの中に戻って!」と叫んだ後でこっそり
「ホンマはリュウ、トラちんのこと大好きやしな」と言っている背中。
3歳児にしては本当に幼い。
クラスのなかでも、カラダも人一倍小さいし、行動も幼い。
何故、こんな人に対してだけ、いろんな思いやりを上手に見せられるのか。
何故、こんなに人が好きなんだろう。
答えは意外と簡単だ。
わたしが一人で育てたのではないから。
私はすごく感情の起伏の激しい人間である。
イライラが押さえられないときもある。
自分勝手な思い込みで爆発するときもある。
そんなときは人の気持ちなんか考えられていないかも知れない。
後から反省することしきりである。
リュウは1歳2ヶ月から保育園に行き、私以外のいろんな人に見守られながら育ってきた。
保育園でも長時間保育組だった。
朝7時半に一番乗りで保育室に行って、早番の先生と2対1くらいで遊んでもらっていることもあった。
帰りはダンナとわたし、行ける方が迎えに行く。
土曜日など、お迎えの早いときは、おじいちゃんとおばあちゃんが迎えに行ってくれた。
最初の担任の先生たちは、不安になる私を励まし、すごくリュウを愛して育ててくれた。
ダンナ殿もそうだった。迎えに行き、送っていき、隙間の少しの時間でもよく遊んだ。
わたしがいない日は、ご飯を作って食べさせ、お風呂にいれ、一緒に寝たそうだ。
保育園の準備もなにもかもすべてしてくれた。
おじいちゃん、おばあちゃんは「可哀相」といわず、「リュウが来てくれて嬉しい」といつも、リュウの味方でいてくれた。
一ヶ月に7~8回は泊めてもらってただろうか。
それでもイヤとも言わず、リュウの好きなものを作って食べさせ、成長を一緒に喜んでくれた。
リュウや、わたしのことを、少しでも悪く言う人がいようものなら、実の母以上に一生懸命言い返してくれた義母。リュウの味方でいてくれて、一緒に成長を喜んでくれて、ダメなことはダメと伝えながらも、やっぱり優しい祖父母の顔。
彼らの存在がすごく大きかったと思う。
みんなが少しずつしかかかわれなかったけど、みんなが少しずつの時間、目いっぱいリュウを大事にしてきたんだと思う。
だから、リュウは出会う人がみんないい人だと思っている。
誰にでも、人懐っこい笑顔で話しかけていく。
みんながリュウにしてくれたことが、少しずつ彼の中で大きくなって根を下ろしていき、トラちんという、いつくしむべきものを得たときに、あふれ出したんだと思う。
わたし一人ではそうはならなかった。きっと。
わたしがイライラしてリュウに声を荒げるとき、後で必ずリュウが言う。
「おかあちゃんのこと、大好きやからな。大丈夫やから」
それを聞くといつも泣きそうになる。
私はこの子に守られている。
今日、お話していた先生は
「その優しさが大事なんですよ。それがあればいいんです。
何ができる、たとえば字が書ける・・・とかそういうものよりも、なかなか得るのが難しいことなんだから」
そう言って下さった。
それを聞いて、この子を一緒に育ててきてくれて、今も愛し続けていてくれる私の周りのみんなに、本当に一人一人頭を下げて回りたいくらい感謝した。
私はこの子に守られている。
私はこの子たちと一緒にみんなに守られている。
そして、もしかしたら、わたしも誰かを少しだけ守っているのかもしれない。
そんな風にみんな、優しい気持ちがもてるといいな。