こんにちは!

Ryubiです。

 

前回は私がノさんに出会った時のことまで

お話しましたね。

 

(前回の内容はこちら

 

今日は、私の生き方が変化するまでを

お伝えしていきたいと思います。

 

 

 

私は、26歳の時にノさんと出逢いました。

 

すべてが一つであること

すべてが一つだから

それが本来の自分でもあること

 

 

そして、この体の自分が見ている

現実世界は

脳が創り出した

錯覚、夢のようなものであること。

 

これだけを読むと

もしかすると頭に「?」マークが

いっぱいついている方も

いらっしゃるかもしれません。

 

しかし、すべてを矛盾なく

論理で理解した時に私は

 

 

そうだったんだ!

そうだったんだ!

そうだったんだ!

 

ただただ

深い深い納得感がありました。

 

 

自分が幼少期から疑問に思ってたこと

そして、言葉にはできない無意識深いところで

わかってたことに対して

 

言葉として答えを出してくれてる感覚でした。

 

 

そして私はもっとこの学びを深めたい

もっともっと極めていきたいと

思いました。

 

でも、そこには最大の難問があったのです。

 

 

 

当時私は福岡に住んでいました。

 

認識技術nTech(当時はスキマ原理と呼んでいました)の

発祥地は福岡ですが

主な活動は東京が中心です。

 

と、言っても今みたいに

沢山人がいるわけではなく

十数人ほどの小さな会社です。

 

そして、セミナーのようなものは

まだ体系化されておらず

教育の一環として

ハウスクリーニングの会社

運営しながら

その合間にノさんの講義がある状態でした。

 

 

ですから、私が認識技術を学ぶとするならば

美容師も辞めて、その会社に入るために

東京に行かなければならなかったのです。

 

東京に憧れはあったものの

 

当時私は海外に美容留学をしたくて

必死でお金を貯めながら

準備をしている時です。

 

 

美容師の仕事は好きだったので

できれば辞めたくない。

 

海外にもいきたい。

 

そして、当時付き合ってる人もいたので

東京に行くとなると

関係性も見直さなければならない。

 

 

 

今だったら、仕事しながらでも

パートナーがいても

海外からでも

 

何の問題もなく

認識技術(nTech)を学ぶことができます。

 

でも、2000年当時は

オンラインもないですし

すべてを放棄しなければ

得ることができなかったのです。

 

 

私は本当に悩みました。

nTechに出逢わなければよかったと思いました。

 

本質を追求してきてたとはいえ

現実で積み上げてきたものもあります。

 

それを放棄するの?

ここまでがんばってきたのに?

 

美容師の仕事を

中途半端に辞めてしまうことにも

抵抗もありました。

 

もう、頭と心が分離するような感覚です。

 

そんな悶々とした日々を1ヶ月ほど過ごしました。

 

そして、次にノさんにお会いした時に

私は思っていることを全部伝えました。

 

美容師を辞めたくないこと

 

仕事をしながら学びをしたいこと

 

短い期間でもいいから海外にいきたいこと

 

 

その時にノさんからは

何と言われたと思いますか?

 

「だから!それも全部あなたのエゴでしょー!!!」

 

です(笑)

誤解のないように言っておきますが

今だったら、絶対にそんなことは言われません。

 

でも、当時はそのくらい本気で、

自分の夢以上に真剣に取り組む人と

出会いたかったのだと思います。

 

そして、続けてこんなことも仰りました。

 

ノさん自身も自分が

宇宙全てを司る根本の仕組みを発見したけれど

人には全く伝わらないし

これを広げていくことの大変さに

もう辞めてしまおうと

3日間なにもしなかったことがあると。

 

でも、だけどこの発見を無視して

生きていくことはできないと思った。

 

だから、あなたもここに出会っていると

いうことはこれをやる使命があるんだよ

と。

(本当はもっと詳細な表現でしたが

長くなるので割愛します。)

 

この時に私は

自分のこと以上に

日本のこと、世界のことのために

生きているノさんを前に

 

自分が欲しいものばかりを掴んで

離さない自分が

とても小さく感じました。

 

それと同時に

心の自分はそんな生き方がしたいと

願っていました。

 

そして自分の魂奥深いところは

自分の使命に出会うことを

めちゃくちゃ求めていました。

 

 

だから、この先どうなるか

わからないけれど、

 

今回の人生はこれに賭けてみようと

 

それで違ったら、そんな人生だったんだと

思うようにしよう。

 

泣きながら、清水の舞台から

飛び降りるような決断をし

 

美容師を辞め、すべてを整理して

生まれ育った福岡を離れ

東京に向かいました。

 

でも、その時の心は

本当に清々しかったのを

覚えています。

 

 

 

2000年4月

東京での生活が始まりました。

 

そこではじめて出逢った仲間たち

 

自分がここにこなければ

絶対に出会うことがなかった

様々な経歴を持った方々。

 

育ってきた環境、やってきた仕事は

全くちがうけど

 

「やっと出逢えた」

というどこか、共鳴し合う

不思議な感覚でした。

 

そして、この時に

この人生の選択をして本当によかったと

思ったことを覚えています。


 

そこからとても長い月日が経ちました。

 

この間、もちろん楽しい日々だけではなく

自分を変化させていく中で

頑なに自分を握りしめて

辛いこともありました。

 

 

しかし、nTechの講師とセッション士を

させていただきながら

 

多くの人との出逢いがあり

沢山の人生に携わり

変化を案内し

 

人が本来の自分に変化していくこと

 

nTechを学んだ人たちが

表情が変わり

生き方が変わり

希望を持って生きる生き方を

自信を持って案内できること

 

こんな生き方をできることが

本当にありがたく感じています。

 

 

人それぞれに個性を

無限大大爆発させて

心の奥底から輝いて生きる人たちを

増やしていきたい

 

そして、そんな人たちが集まる

関係性をつくっていきたい。

 

そして、日本と韓国から

大変化を起こし新しい未来を創っていきたい。

 

それが私の願いであり

今回の人生でやるべき仕事だと

思っています。

 

 

とても長い自己紹介に

なってしまいました。

(自己紹介というより体験談?)

 

ここまでご覧いただき

ありがとうございました。

 

こうやってアウトプットすることは

本当に苦手ですが

コツコツとやり続きていこうと

思います。

 

次回は認識技術nTechについて

書いていきたいと思います。