昭和62年10月、偉大なるポール持ちを始めてから二ヶ月が過ぎようとしていた。約400箇所あった被災地の測量も一通り終わろうとしていた。僕はすっかり今時の若者らしく冗談も喋れるようになっていた。ずっとここに居られる訳ではないし、そんな気も無い。偉大なるポール持ちの後は、果たして何をするべきか?などと考え始めた頃だった。友人のAがさりげなく言う。

         『オマエ、ずっと来いよ…』

         『    …    』

突然の一言に僕は言葉を失っていた。昔からAは優しい。未来の見えない僕にロープを差し出してくれた優しさは特に嬉しかった。しかし…、自分の居る場所じゃないような気がした。僕はこの暖かい場所に相応しい生き方をして来なかった。今のジョークたっぷりの僕のキャラは、ここにいる人達の暖かい眼差しに対するリップサービスのつもりだった。

僕はAに何もかも打ち明けようと思った。専門学校を卒業して就職し、3日目で会社を辞めバンドマンになる決意をしたこと。それから2年ほどで東京に出て、結局ビル掃除ばっかりしていたこと。でも、出来なかった…。Aにとっては、僕はある種の憧れに似た存在だということがわかっていたからだ。僕は中学時代、ずっと学級委員や生徒会長をしていたし、そこそこ成績も良かった。それがうわべだけの事実だとしても、彼は未だにその頃の僕を想像しながら付き合ってくれているのは、痛いほどわかっていたからだ。そんな彼に僕を苦しめる黒い鳥の話や、ワコとの出来事、パンクロッカー時代の数々の話をしても理解されるとは思えなかった。いや、理解はしてくれるだろう。共感してくれるとは思えなかったのだ。そして、それは僕らの関係を決定的に遠ざけることになるような気がした。僕はそれが怖かったのだ。もっと言うと、彼の中の遠い故郷をそっとしておきたかった。

Aと僕は高校時代のような適度な距離でうまくいくことは実証済みだった。周りから見ると僕らふたりは似ているほうだった。ロック好きですこし内気な性格。田舎の若者にしては垢抜けているほうだ。ただ本人たちからすると、お互いの生き方が違いすぎることはよくわかっていた。