僕はその頃、きっと病気だったんだと思う。まず1週間近くろくに眠れなかったし、大きな黒い鳥のような幻に苦しめられていた。

普通なら睡眠薬を飲むか医者にかかるかするだろう。でもその頃の僕は、どちらもできなかった。『この黒い鳥と戦わなければ…』そんな使命感のようなものが僕に耐えがたい苦痛を耐えさせていた。

ワコと待ち合わせした日は、チラチラと雪が降っていた。肝心な時はいつもそうだ。初めて京都に行った時も雪が降っていた。

上野動物園に着く頃には雪はすっかりやんでいた。僕は、僕らのいる場所は大きな墓場なんだ!って何故かそう思った。大きな黒い鳥はきっと僕を迎えに来るだろう。何故僕を迎えにくるのかはわからない。でも、何千人かいる動物園に遊びに来ている人間の中で、確実に僕だけを狙って飛んでくる気がしていた。僕はそれが怖かったんだ。だからワコに守ってもらいたかった。ワコの愛で守って欲しかった。

ワコとふたりでたくさんの動物たちをみた。まるで友達のようだった。僕を食おうと鎌首をもたげるニシキヘビ。『なんでココにいるの?』と聞いてくる駱駝。僕には彼らの気持ちがわかる気がした。動物たちばかりか、すれ違う人みんなの気持ちが入ってくる。1時間もしない間に、僕はその感情を受け入れるのが辛くなり、ワコに『動物園を出たい!』と訴えた。

ワコは僕のことが好きだった。だからなんでもいうことを聞いてくれた。僕らは人気のない通りを探して歩き、ロックや仕事の話をした。僕はそれだけでも苦しかった。人に伝えるために喋ることさえ僕には不要だった。僕だけが人の気持ちをわかり、僕だけが自分の気持ちを伝えるために何故こんな努力をしなけりゃいけないのか?と思っていた。

僕はワコのことを抱きしめようかと思ったこともあった。でもそれは無理な気がした。これ以上ワコに荷物を持たせることは、彼女を破滅させる気がしていた。そして、それは僕が破滅することも意味していた。

      僕はまずアルバトロスと戦わなければならない!

腹の奥底からいつもそんな言葉にならないメッセージが聞こえていた。僕はアルバトロスを殺す為に選ばれた戦士だった。それは僕とワコが生き残る為だったんだろうか?僕はそうは思わなかった。でも、そう思いたかった。