34 曼荼羅鳥        ~空海~ 1939.0901

【情けは人の為ならず】

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秀夫の祖父、春樹に赤紙が配達されたのは、1940年の年の瀬、来るべき正月の為に餅つきをしようとしていたある朝だった。
妻との間には、すでに三人の息子と娘がひとり、長男はもう少しで十歳を迎えようとしていた。
江戸時代から続く大地主だった春樹の生家は、農家には珍しく槍や刀を持つことが許されていた田舎の名家だった。
天皇を崇拝する家系に生を得た春樹にとって、戦争に行くことに特に抵抗はなかった。正確に言うと、戦争がよいことだとは決して思わなかったが、『大切な家族を守るための義務だ』と、そう自分に思い込ませていた。しかし…、『お国の為に戦争をするのだ』とは、どうしても思えなかった。

《戦ってどうなるんんだ?人殺しするだけではないか?仮に日本が戦争に勝ったとしても、他国の人民を犠牲にして日本が大きくなるだけだ》

♪勝って来るぞと勇ましく~♪

その歌は、聞くのも歌うのもはずかしかった。
軍歌に歩調を合わせて行進する春樹は、自分がブリキのおもちゃになったような気がした。

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極寒の満州の戦場では、戦闘の度にたくさんの日本兵が命を落としていった。それも尋常な死に様ではない。人間の手足が人形のそれのように宙に舞っていく。砲撃で飛び散った石で腹に穴を開けた兵士が、大変困ったような顔をして、地面まで垂れ下がった腸をどうにかして元に収めようとしている。
春樹は、この世にもし地獄があるなら、今、正にそこに迷い込んだような気がしていた。2等兵だった春樹が前線に配属されることは少なかったが、それでも、たまにジャングルの中での戦闘を命じられる事があった。
元々、お国の為に戦うという発想の持てない春樹だ。ひとりきりで敵兵に出くわした時は、木陰に身を潜め、息を殺して相手が通り過ぎるのを待っていた。

《彼にだって、国に帰ったら大切な家族があるはずだ。お国の為に戦って死ぬことが、家族を守ることよりも大事だなんて思えない。そういうワシだって、生きて帰りたい、家族と仲良く暮らしたい…決して誰にも言えないが…》

【情けは人の為ならず】

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1945年8月、日本はポツダム宣言を受諾し、戦争は終わりを告げたはずだった。しかし、春樹を待っていたのは、家族の暖かい微笑ではなく、極寒の地、シベリアでの抑留生活だった。
零下30度の寒さの中での飢餓と重労働は、昨日は10人、今日は20人という単位で、元日本兵の命を奪っていった。死は虱や蚤や南京虫と同じように、誰にでも手を伸ばせば届きそうに思われた。未来のない過酷な世界、しかしそこには唯一の救いもあった。
仲間がいたことだ。

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戦争が終わったことを告げに来たロシア兵が春樹にこう言った。

『スバシーバ』

照れくさそうにそう言う彼の不器用な微笑み…。春樹は、ジャングルの中で脚を負傷して動けなくなったロシア兵に水筒の水を飲ませてやった事を思い出した。こんな若者を銃で殺さなくてよかったと思った。

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哀れみの心はいつか、ブーメランのように返ってくる


35 箱庭①        ~HIDEO~             

 瀟洒な造りのチャペルに神父が聖書を持ってゆっくりと登場してくる。

「愛は疑う事を知らない 愛は責める事を知らない…」

なんと、俺と優子は結婚式の為に町の教会に通うことになったのだ。

『いくら大好きな優子と結婚するからと言って、キリスト教を信じていない、というよりよく知らない俺や優子が教会で結婚式を挙げるのは果たしてどんなものか?』
優子には何回もそう反論したのだが…、結局、優子の勢いに負けてしまった。

《全く女というやつは…、やっぱ、愚痴はやめとこう!まあ、いいではないか。結婚式は所詮、新婦と両親と親族の為にあるのだ。その分二次会はライブハウスを借りて友達を大勢呼んで…。自分を納得させるようにそこまで考えて、俺はふと気がついた…。徳島には知り合いのライブハウスも自分のバンドも大勢の友達もいない事に…、トホホ。やはり二次会は京都でやるしかないか???Duranでも呼ぼうっと。。。へっへっへ、皆なきっとびっくりする!》

《しかし…、Duran、本当にダイジョウブなんだろうか?》

 抵抗のあった教会通いだが、毎週日曜日だったので、帰りは優子とそのまま食事したり、映画を見たりして結構楽しかった。優子はすっかり女っぽくなった。というより、もうすでにカミサン気取りで結婚の準備を嬉々として取り仕切ろうとしているようだった。


 そんなある日、FM徳島から聞きなれた声の耳慣れないメロディーが流れてきた。サビの部分は「Getting better!」と歌っているように聞こえた。

     《Duranだ!》

《アメリカに帰って少し新しい気持ちになったのかも…?今までにないような明るい曲調だ!ふ~、とりあえず一安心…。》

FMから流れてきたスタンドの新曲がその曲調とは裏腹に、Duranの母、Virginiaの死を歌ったものだと言うことを、あくる日、優子から聞いた。


36 A STRAY BIRD  ~JESUS~ 1963.11.22

 【己を愛するがごとく隣人を愛せよ】

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Duranの父、ジャック・メイオールが初めてUFOを目撃したのは、JFケネディーがダラスで暗殺された日から数えて丁度1ヵ月後、クリスマスの二日前の夜だった。ケネディー大統領の暗殺事件は、多感で正義感の強い青年だったジャックにとって、アメリカという国にますます失望していく大きな引き金になっていた。
セックスとドラッグにべっとり浸かった地元の友人たち、腰をくねらせ、浮ついた調子の歌で女の気を引く太っちょのエルビスに夢中な女友達。敬虔なカトリックだった父の影響からだろうか、ジャックは同世代の若者たちにどうしても馴染めなかった。彼にとっては、泥沼化の一途を辿るばかりのベトナム戦争からの撤退を公然と表明したケネディこそが唯一のアイドルだった。

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ジャックがUFOを見たのは、農場でオレンジの箱詰め作業をした帰り道だった。ダットサンのウインドウから見える風景にぼつぼつと住宅が増えてきた時刻だった。
暗闇で松明の灯りを振り回した時のように激しく動く小さな発光体が数秒間光っていた。しかし、初めてUFOを見たというのに、彼の心には特に何の感慨も起らなかった。

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 ハイスクール時代の友人たちの中には、将来の出世を夢見て地元のロスやニューヨークの大学に進学するものも多かった。しかし、ジャックは、ハイスクールを卒業して5年以上、ほぼ毎日オレンジ農場に通っていた。4人兄弟の長男だった彼は、兄弟たちの学費を稼ぐ事が義務だと思っていたのだ。それに父の仕事を継ぐことは特に嫌ではなかったし、他にやりたい仕事や夢もなかった。

【己を愛するがごとく隣人を愛せよ】

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その後、彼は農場からの帰り、たびたびUFOを見るようになった。その度に心の中で『あっ』と思う。しかし、それが日常から切り離された特別なことのようには思えなかった。普段は浜辺にしかいない海鳥が陸地に迷い込んできた時と同じくらいにしか感じられなかったのだ。

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 しかし、海鳥が陸地に迷い込むには、やはり理由がある




37 まぼろし②      ~Duran~

《僕の歌は、世界に蔓延する悲しみのレプリカかもしれない…。世界中の悲しみを嘆いてみせているだけかもしれない…。世界ツアーやレコーディングでたくさんの人の人生を振り回しながら、結局それに一体どんな価値があるんだ?というより、僕は何がやりたいんだ。。。これでいいのか?Duran!》

Duranのバンド、スタンドは日の出の勢いで大きくなり始めていた。日本で始めて発売したジョンレノンのImagineを揶揄した曲「NoTitle」がアメリカで再発されたことが理由だろうか、地元のロスやシスコ、ニューヨークやシアトルのコンサートを観たファンには、ビートルズ解散後のジョンレノンの歌と比べる者が多かった。ロック評論家の批評もジョンレノンと比べて云々、といった文章が目立った。

しかし…、あたりまえのことだが、Duranはジョンレノンではなかった。

《ファンの皆は一体僕に何を期待してるんだ?僕がジョンレノンのような存在になって、40歳でファンに撃たれることだろうか?》

 今のDuranに高校生の頃のような無邪気さはなかった。元々、音楽は好きだったが、他に生きる術がなかったり、貧乏で金が欲しくてロックをやり始めたのではなかった。何かすべてが仕組まれたゲームのように、Duranをロックビジネスの世界に組み込んでいったのだ。一度は京都に行く事でその運命に抗おうとしたのだが…、100%自分の衝動の為に歌う…、周りからの絶大な評価とは裏腹に、最近のDuranにはその実感がなかった。唯一の例外は8年前のアマチュアの頃にSlyと一緒に立ったステージの記憶だった。
その日、巨大な漆黒のアルバトロスが目の前に現れた。そのアルバトロスへの恐怖だけが、今のDuranに歌うモチベーションを与えていた。

《全部、自分の作ったイリュージョンだ。そして、そのイリュージョンに苦しんでいるのは僕だけじゃない…、少なくともHideは僕の歌で命を救われたって言ってくれた…。頑張んなきゃ。》

 Duranの痛みを癒す記憶は、HideとYuukoと会った日の京都の鴨川のほとりでの会話だった。
一方のHideは、Duranとの出会いが今の自分を支えてくれていると思っていた。


38 A BLACK BIRD     ~ALLA:H~
1991.01.17

【目には目を、歯には歯を…】

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 日干し煉瓦で出来た建物から薄汚れた肌の子供が外を覗いている。
戦闘機の来ない時間を縫うように、川に洗濯をしに行く母の姿、その後姿を見ている彼の目に、黒い鳥が映っている。
爆撃や銃撃で毎日のように死んでいく彼の仲間たち…、近所の誰かが死ぬ前に必ず現れる黒い鳥。

 彼はもう慣れっこになっていた。

《また来たな!今度は誰を連れて行くんだ!》

まだるっこしそうに、彼はそう囁いて、亡くなった父から教えられた言葉を口ずさむ…。

 【目には目を、歯には歯を…】

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彼はありったけの力で、世界を憎んでいる。
彼は世界を勘違いしているのか?
それとも世界が彼を勘違いしているのか?
彼には夢見る未来がない。
未来が彼の死を夢見ているのだ。

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町のはずれの小高い丘の途中に彼の実家はあった。彼が生まれた年から数えて9年目に、その夜は唐突に始まった。星が100倍に増えたかのような明るい夜空と戦闘機の爆音は、彼の住む世界を一夜にして地獄の入り口に変えた。
 近所のおじさんが道端で動物のように死んでいた。それは昨日まで、確かに笑っていたおじさんだった。彼に笑顔で歌を教えてくれたおじさんのはずだった。

《神は人に愛をくれる》

そう教わった彼は、何度も何度も愛の意味を考えた。

《これが愛なのだろうか?愛をもらった人は道端で犬のように死ぬのだろうか?》

彼はそう思っていたが、おかあさんにそう聞く気にはなれなかった?大好きなおかあさんが困るような気がしたからだ。

《神の愛から人を引くと何が残るんだろう?》

 砂漠だ!

その夜、『これが戦争だ』という話を母親から聞かさされた。

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《アメリカ大統領は悪魔だ!》

戦争が始まってから人が変わったようになった父に彼はそう教わった。
『1945年、日本のHIROSHIMAという町で何十万人もの人が原爆で一瞬にして殺された。今もそれを正しく思っている大統領は、今度はイラクを標的にしているのだ!私はイラク国民をアメリカ軍から守る!』
父はそう言うと、アラーの神に祈りを捧げた。

彼は父の言葉を理解しようと、一生懸命考えていた。

《アメリカ大統領は僕とは違う悲しみを持っているんだ…》

悲しみを分かり合えない人間ほど怖いものはない。それに比べれば、たびたび彼の前に現れる黒い鳥は、彼に何の恐怖も与えなかった。黒い鳥が持つ悲しみや憎しみは、彼にはよくわかるような気がしたのだ。

《黒い鳥の正体は、きっと戦争で死んだ人たちだ。仲間が欲しくて連れていくんだ…》

戦闘は学校の授業のように始まったり休んだりしていた。彼はこの国の総帥を特に嫌いでもなかったが、好きでもなかった。しかし、偉い人のような気はしていた。アメリカ軍から町を守ろうとしているからだ。

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『近所のおじさんが死んだのはアメリカ軍のせいだ。アメリカ軍に復讐するのだ!きっと総帥はやってくれる!』

戦争がはじまった頃、お父さんはいつもそう言っていた。彼はお父さんにこう聞いた。

『総帥と神さまはどちらが偉いの?』

少し考えたような時間のあと、お父さんはこう言った。

『神さまだろうね。神さまは太陽のようなものなんだ。神さまには父も無く母も無く子供も無い。生まれもしないし、死にもしない。でも、いつも全てを見てるんだ。君が誰かを助けると神さまが君を助けてくれる。総帥は、きっと神さまの意思を実行してるんだと思うよ』

《ふ~ん、じゃあ黒い鳥は神様じゃないの?》 

彼はそう聞こうとして、口ごもった。黒い鳥が見えるのは彼だけだということを思い出したのだ。

 彼が珍しく昼寝をしていた午後、父は銃撃に巻き込まれて死んだ。その日から、彼は母が外に出かけるときには必ずついて行く様になった。黒い鳥が母を連れて行かないように…。

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この世界にもかけがえのないLoveはある




39 旅立ち①           ~アリ~


 一ヶ月あまりで戦争は終った。
アリは自分の世界から、父と三人の友人、それから親戚のおじさんやおばさん、いとこの内の半分を失っていた。

戦争が終っても、アリは通りでたびたび黒い鳥を見かけた。でも、心の中でこういって通り過ぎるしかなかった。

《ろくに食べるものがない人々をかわいそうに思って、迎えにきているんだ…、ごめんね、僕おじさんに何もできないよ…》

アリの母は、幼い妹とアリの手を引いて食べ物を探して毎日のように町中を歩いた。優しくて強いイスラムの戦士だった父を亡くしたことで、一番不安だったのは彼女だった。夫を亡くしてから、飛び切りの美人の彼女を狙って、夫の知り合いの男たちが毎日家に来る。それなりの男を見つけて頼れば家族3人が飢えない程度の食料や生活用品は手にはいると思われた。夫を亡くした他の女たちは、むしろ誰もがそうしたがるのだが、厳格なイスラム教の家庭で育った彼女にはできなかった。というより、夫のことを本当に愛していたのだ。愛する人を亡くして3ヶ月しか経たない彼女の中には、まだ誇り高きイスラムの戦士が生きていた。




40 箱庭②         ~Yuuko~

 ふ~、やっと結婚だぁ!ずっと夢だったんだ、町の教会で結婚式をして、そのまま屋根のない車で友達の家まで挨拶しにいくんだ。Hideは最後まで抵抗あるっていうてたけど、でも、とりあえずわかってくれたもんね!全く男って、肝心なことには全然気がつかへんのにどうでもいいことにはこだわって…。まあいっか、結局OKしてくれたし…。
ところでDURANはダイジョウブなんかなぁ?Virginiaが自殺してお父さんが失踪したって小田社長が言うてたけど、一体何があったんだろう?ジャックさんとあまりうまく行ってなかったんだろうな?繊細な人そうやったけど、でも自殺って、そんなに簡単にできるもんじゃないだろうし…。最近、Hideとそのことについて喋ろうと思っても、何か気難しそうな顔になるから喋れん。Duranみたいな最高の息子がいるのに、ホント何で死んだんやろう?っていうか、Duranの気持ちも心配…。一度、Hideに相談して手紙出してみようかな?でも、迷惑かな?
あっ、Hideが二次会にDuran呼ぼうっていうてたけど、やっぱりとめなきゃ!もうあの頃のDuranじゃないし、忙しいのに気ぃ使わせる訳にいかん!Hideには昔のバンド仲間、いっぱいいるしね!
でも、どうしようかな?結婚したら仕事やめた方がいいかな?アシスタントプロデューサーって結構きつい仕事やし、たまに徹夜もしないといけないし…。Hideは続けていい!っていうけど。お父さんに相談しようかな?でも照れくさいなあ…。

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 湾岸戦争が終って半年ほどたった夏の終わりのある日、秀夫と優子は教会で結婚式を挙げた。丁度その頃、東に数千キロ離れたロスでは、ライブハウスでのステージを終えたDuranが、イラク出身の女性シンガーと音楽について語り合っていた。




41 まぼろし③       ~Duran~


「なあ、Duran、君に降りかかった不幸の大きさは、本当のことを言うと俺にはわからない…。でもさ、一緒にバンドをやってる俺たちの気持ち、君を何とかしてやりたいって気持ちは本物だよ!だから、もっと僕らを信じてくれよ。」


新生スタンドのレコーディングの為のミーティングに集まったメンバーの前で、Joeは珍しく声を荒げてDuranにそう詰め寄った!

たまに派手な喧嘩や仲たがいをしたりしながら、アマチュアの頃からずっとDuranを支えてきたのはJoeだった。心の底ではDuranにもそのことはよく解っていた。Joeをはじめ、スタンドのメンバーの気持ちをありがたいと思っていた。
しかし、全ての痛みをいつも自分の中で焼き尽くそうとしてきたDuranにとって、Virginiaの突然の死は、彼の心に想像以上に大きな穴を開けていた。今も全ての事実を受け入れられずにいたのだ。
人一倍感受性の強い彼にとって、スタンドの今までの音楽では、彼の悲しみや痛みを十分収容できなくなっていた。そして、そのずれはDuranにもJoeにもイアンにも…、スタンドのメンバー全員が感じていることだった。

「まあまあJoe、これもスタンドが新しい音楽を作る為のきっかけかも知れないよ!ぼちぼち行こうぜ!Duranだって一生懸命やってるさ…、なあ皆な、今日はここまでにして、久々にライブハウスにブルースでも聞きに行かないか?」

一番年長のジョンのタイムリーな提案に皆が頷く。

「よし、決まりだ!」

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ロスのライブハウス、トロバドールは、数年前スタンドがアマチュアの頃からよく出演していた店だった。一番年長のジョンと2番目に年寄りのリックは、メンバーの空気を変えようと柄にもなくわざとはしゃいでみせていた。

普段のトロバドールは古いJazzやSoul、ブルースを演奏するバンドが多いのだが、今日は違っていた。

まるで鳥が舞い降りるように、不思議な佇まいでステージに立った彼女は、ゆっくりと歌いだした。ソウルでもブルースでもない、ジャズやカントリーでもない。今まで聞いたことのないようなメロディーなのに、Duranにとっては、何故か懐かしい気がした。まだ仲の良かったころの両親が初めて連れて行ったくれたディスニーランドでの穏やかな一日を思い出したりした。それは母のVirginiaを亡くしてから久しく忘れていた気持ちだった。父のジャックに連れられていったオレンジ農場でオレンジ色に染まったヘリコプターを見た日に作った曲、Eternal・Skyにどこか似ている、Duranはそうも思った。

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半分と少しになったジャックダニエルのボトルからグラスにウィスキーを注ぐ。今まで付き合い以外で飲むことの少なかったDuranにとって、今はそれが日常になっていた。バンドの練習が無い日は朝起きてから一日中、飲んでばかりいた。所謂アル中だ。
Lisaから来た手紙は、封を開けられないまま、リビングのテーブルの上に置かれていた。
たくさんの思い出が詰まった父や母と過ごした家で、Duranは待っていた。だが、待っても待っても来る訳はない。3人で過ごした平凡で穏やかな日々。来る訳は無いのにそれを待っている自分に耐えられず、彼はまたグラスにウィスキーを注ぎ足した。
Joeから電話があったのは、そんな日が何日か続いたある朝のことだった。「久々にトロバドールでライブをやらないか?」とのことだった。ジョンがこの間の女性シンガーの歌をいたく気に入り、タイバンを申し込んだという。「任せるよ!僕はいつでもいいよ。」Duranは酔っ払いはじめたすこし気だるい声でそう答えて電話を切った。

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トロバドールには、朝から行列が出来初めていた。オープン前の午後5時半にはその長さは軽く500mを超えていた。列の後方には酔っ払って喧嘩を始めるジャンキー、列の最初から50mくらいの場所には、ニーチェの哲学書を片手の純粋を絵に描いたような、メガネを外したらきっとそれなりに美人に違いないであろうハイスクールの頃のLisaを連想させる女の子もいた。
6時半が少し過ぎた頃、今年54歳を迎えるトロバドールのオーナーのしゃがれた声で短いアナウンスがあった。

「Welcome to Torobador, Let Me Introduce My Favorite Artists, STAND!」

その瞬間、立ち見で寿司詰状態の店内に、限りなく悲鳴に近い嬌声と怒声が爆発した。ファンの誰もが、スタンドが先に登場するとは思ってもみなかったのだ。

「スタンド!スタンド!スタンド!…、…、
スタン!スタン!スタン!、…、…」

ファンの足踏みと手拍子にトロバドールの床と壁がとても耐えられそうになくなった時、スタンドのメンバーが手を振りながらひとりずつ登場しはじめた。
まずはドラムスのJoe、続いてパンクロッカーのイアン、その次は最年長のベーシスト、ジョン、少し間を置いてキーボードのリックもうひとりのギターのギル。ホーンセクションの3人、アル、ジム、スコットの三人、最後にDuranがステージに向かって左手から登場した。
Joeの提案で1曲目に選ばれたのは、スライ&ファミリーストーンのスタンド。JoeやDuran、イアンやギル、そして殆どが20代の観客にとっては、父や母の世代のロックと言って良かったが、皆がいきなり合唱していた。

《してやったり!》

Joeなりに最近元気のないDuranを思いやっての選曲だった。そしてそれはかなり的を得ていた。
 Duranは、彼の尊敬するスライのヒット曲、スタンドを観客と一緒に合唱しながら、スタンドの音楽や歌がもはや自分たちだけの物じゃなく、むしろそれを必要とする観客のものなんだと感じ始めていた。




42 旅立ち           ~アリ~

 湾岸戦争によって学校が破壊されたアリは、戦争が終っても、二度と学校に授業を受けに行くことはなかった。優しい父を亡くしたことは寂しかったが、幼い妹の手を引いて母の背中を追いかける毎日は、彼のそんな気持ちを紛らわせてくれた。
 屋根が半分以上崩壊した死にかけたような建物、父が乗っていたような古い壊れた戦車、粗末なやしの葉でできた何万という墓標、腹を空かせてきょとんとしたままの子供たち…、

《全てが夢ならいいのに…》

彼は、時々ふとそう思う。
しかし、それはまるで夢のような現実だった。

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家計を助けようと、アリは病院で働くことにした。戦争で片足を失った子や、病気に冒された子を励ます仕事だ。
自分と同じ歳くらいの子供たちがベッドの上で苦しんでいるのを見るのは辛かった。でも、もし自分がベッドの上で寝ていたら、きっとアリのような話し相手が欲しいと思うだろう、そう思ったからだ。
そんなアリの優しい気持ちは、ベッドに寝たままの子供たちにすぐに伝わった。誰もが、毎日毎日、アリが部屋に来るのを心待ちにするようになっていた。

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戦争が終って数ヶ月が過ぎた。豊かで血色のいい白や黒や黄色の外国人たちが、毎日バスで大量に病院を訪れるようになった。
彼らはベッドを囲み、一様に『痛くはないかい?』と聞いた。

≪痛いに決まってるだろ!劣化ウランが原因で癌に冒された子供たちだよ≫

彼らは高そうなカメラで『カシャッ、カシャッ』と写真を撮って帰っていった。

アリはこの人たちは悪い人たちだと思った。

≪もし自分がで寝ている身だったら、そんなことをして欲しいのだろうか?でも、中には優しい人もいた。金色の髪の毛をした透き通るように白い肌の女の人だった。普段はベトナムのボランティア団体で働いていて、その団体の活動でイラクに来たんだって言ってた。その人は全員のベッドを回って微笑みながらひとりひとりの髪の毛を優しく撫でてくれた。そして、もうあまり長く生きられないサリに片言でこう言ってくれた。

『サリ、アナタトテモキレイネ、アエテ、ウレシカッタヨ…アリガトウ』

名前を聞いたサリに、
『貴方の名前を反対から読むと私の名前よ…』ってそう言ったんだ。

   《リ・・サ》

『リサ!、リサ!』

サリは僕が初めて見るような顔で笑っていた。≫




43 アルバトロス       ~HIDEO~

 俺と優子が結婚してから3年が過ぎた。他愛のない理由で時々喧嘩もしたけど、付き合いの長い俺と優子には、どんな時にもお互いの気持ちが解っていたんだ。だから、何の不安もなかった。

あっ、ロスに帰ったDuranはますます有名なロッカーになってるよ!文字通り世界中を飛び回ってる。忙しいのに、ツアーの合間に時々手紙をくれるんだ。でも殆どが英語だから優子が訳してくれる。で、俺が返事を考えて、それをまた優子が英語に訳して返事を出すんだ。
何でも最近結婚したみたい、相手はイラク出身の女性シンガーだって言ってた。ロスのライブハウスで出会ったそうだ。それもあって、スタンドは今年、中近東の何ヶ国かでライブを行う予定らしい。しかし、政情の不安定な地域だし、大丈夫かなあ?まあ、Duranらしい決断だね!何ものも恐れないっていうか。全くアメリカ人は凄いよ。っていうか、きっとDuranが凄い奴なんだろうな…。

ところで、まだ優子に相談してないことがあるんだ。俺もイラクに行くかも知れない。
勿論、Duranのようにロックをやりに行くんじゃないけどね。湾岸戦争で崩壊した町の復興支援ってとこ。ある団体から依頼が来てるんだ。両親を亡くしたイラクの子供たち向けの施設を建てるらしい。そのプロジェクトに建築家として参加してくれないか?っていう概要。とはいうものの、必要最低限の経費しか出ないから、殆どボランティアに近いけどね、でもDuranがイラクでライブをやるっていう話しを聞いたら、居ても立ってもいられなくなった。俺も今年で34だしね、少しは世の為人の為になるような仕事がしたいって、そう思い始めたんだ。

すっかり、典型的な日本のカミサンになった優子を説得するのはちょっと億劫だけどね。まあ1年足らずのことだし、『いいんじゃないの?』って言ってくれることを期待してるんだ。

さて、最後に太平洋戦争に行ってシベリアに抑留された祖父のことを話しておこうか。
最近になって祖母が聞かせてくれた話しなんだけど、祖父が家に帰ってきた時、毎夜のように魘されていたらしい。きっと戦場の夢を見ていたんだろう…。寝言でよく言っていたその言葉とは…、

『アルバトロスが来た…』

だったそうだ。つまり、忌の際に祖父が言った言葉は、やっぱり『アルバトロス』だったんだ。きっと、祖父は戦場で漆黒のアルバトロスを見たんだろうね!そして、忌の際にも・・・。

僕に『世界に平和を!』って手紙を渡した理由も、なんとなく想像できる。きっと、僕がインコ、いや極彩色のアルバトロスに見えたからさ!

祖母は、祖父が夢にうなされて起きた時に、『アルバトロスって何?』ってさんざん聞いたらしいんだけど、結局わからず終いだったそうだ。全く、血は濃いっていうか、因果なもんだって思う。勿論、祖父の遺志を次いで俺から祖母に本当のことは言わないよ。『多分、ドイツ製の戦闘機かなんかじゃない?』って、そう言っといた。

さて、今までこの小説に付き合ってくれた皆なにも、ひょっとしたらアルバトロスに出会う日が来るかもね?でも、恐れなきゃ大丈夫さ!だって、それは実は君の中にいるんだから…。


See You!  秀夫