お付き合いくださった皆さん、お疲れ様でした。
秘密と言いながら、こんなに拡めてしまっては、秘密でもなんでもなくなってしまいますね。
読んでくれている皆さんも息切れ状態みたいで、一気に数が減ってます。
それでも、続ける事は辞めずに行きます!
書きたい事まで、未だ届いていないんです。
しかし、最近の閲覧者の数
どうしたんでしょう。
まぁいいか。
その不思議な夢から、私が
眼を醒したのは多分その日の夜の事だったと思います
。
これは医学的に意識を回復したことであり、自分として意識が回復したという感覚を持ったのはもう少し後だったと思います。
たしかに、担当医から掛けられた言葉にうなづいたり
、弱々しく返事をしたりすることはあったらしいですが、自分としてはそれで意識回復とはなりません。
自分自身がハッキリと意識を取り戻したと実感したのは、事故から四日目だったと思います。
その日、若い看護師さんが私の排尿の為の管を取り替える作業をしていました。
《???どういうこと?》
と思われる方もいらっしゃると思いますので、説明を若干させていただきます。
事故の直後から、私自身は意識を失っていました。
やっと病院が見つかり収容されたのが事故にあってから二時間以上経過していたと思います。
そこから私は自分の意思では排尿も排便も出来ない状態になっているわけです。
身体の状態がもう出す時間だよ〜となっても自分ではトイレにも行く事が出来ないし、我慢をすることが出来ないのです。
だから私の大小のコントロールは病院に任せるしかありません。
大の方はオムツを、小の方は尿道に管を差して袋に溜めるようにしてありました
。
そのパイプは頻繁に交換しないと尿管にくっついてしまい取りにくくなってしまうのだそうです。
*事故に遭ったのは五〇年前の昭和四八年、医療とその周辺の進歩は著しいので
現在ではこんなことは無いかもしれません。
看護師さんが躊躇いがちに管を引きますが、中々抜けません。*【躊躇い・ためらい】
クン、クンと引っ張るたびにその痛さが私の脳へ伝わります。
看護師さんは躊躇いがちの抜き方を変えません。
痛いのなんの、相当なもんでした。
たしか、私は悲鳴に近い叫び声をあげて、意識が完全にハッキリとしたのです。
今回はここ迄とします。
次回は、病院に収容された後、ここの医師の人達が私を救命するためにどれだけ頑張ってくれたのかを書きたいと思います。
