知らされた恐怖
市長と二人の車の中では防人の呼びかけに市長は無言だった。
ふと気がつくとバックミラーの中の市長の視線が防人を見ている、彼が市長との繋がりを深めるようになってから初めて見た視線だった。
その視線に耐えられず、防人は言った。
『市長、私何かご気分を害するような事を申しましたのでしょうか』
『そんなことはないよ』そう言った市長のバックミラーの中の顔はいつもと変わらない穏やかな表情に戻っていた。
防人君は考古学とか古代史みたいなものに興味はありますか、市長は唐突にそんな話を始めてきた。
『なんの知識もありませんが、興味があるかと訊かれれば、無くはないですね』
また沈黙が続いた、次に市長が話し出したことに防人
は少なからずおどろいた。『あの岬には私達の歴史や考古学の理解を超えたというか常識では考えられないものがあるんです』
防人には応える言葉が見つからなかった。
市長が十代の若い頃、そこに在るそれを初めて見たという。
岬の突端から海に潜り魚や貝など夕食の材料になる物を採って家に帰ると母親に喜ばれるのが嬉しくて、若き日の市長は海に入れない時期には釣りか投網で魚を採り、夏が近づくと海に潜っていた。
その日は、七月の半ば頃だったと市長は記憶している
。
まだ少年と言える当時の織田市長は、仲間と待ち合わせて岬に向かっていた。
快晴の夏の空の青さは油絵の具で塗り潰したようで市長はそのきつさにたじろぐ程だったという。
そして青の中心には夏の太陽がこれでもかと輝き、海に照りつけていた。
織田少年と二人の友人、合わせて三人が自転車をこぎ汗まみれに成りながら岬に向かっていた。
市長の話ではこの二人の友人というのが現在の警察署長、土井昂と消防署長の水盛志郎だという。
それを聞いていた防人は、それぞれの道を歩んでいた三人が学生生活を終えて社会人になり、またそれぞれの道を歩きながら、この街に戻って来た、それは偶然だったのか、それとも彼等三人が示し併せて実現させたものなのだろうか、いずれにしても、三人がこの街の重要な立場の人間であることに間違いはない。
その三人が同じ思いで、あの岬を見ている。
防人勇人の心の中を、湧き上がる入道雲のように、得体の知れない思いが埋め尽くしているのだった。