社会人プロレス連盟〜別伝❷ | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。




彼をデビューされるようにその準備を代表の谷津嘉章から指示をされたのは伊豆の合宿の最中だった。

立場上、私には反対意見を言う事もなかった。


それよりも私自身が、彼にぞっこんだった。

彼は《車体工業体育館》がデビュー戦だった。


そのデビュー戦に相応しい彼のリングネームを考えてあげなくてはならない。

私が彼に贈ったリングネームは《九州山友彦》

口にしてみると言い易く私は気にいった。


彼がどう思ったかは、忘れてしまったが、嫌だと言われた憶えは無い。


肝心の試合の方だが、とにかく古い話なので憶えていない。

当時の《週刊プロレス》のスクラップを見ると、彼は茂木正淑とタッグを組んでいるので、かなり期待されていたのだ。

茂木正淑とのタッグ自体驚きである。


あの時の試合を・・・残念である。


私は、この九州山との繋がりが思ってもいない方向に進む事を、この時はまったく想像していなかった。