血に残る記憶〜令和に燈る牡丹燈籠 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。





     序〜六
 

 話は現在に戻る。

秋津由理恵も城所浩一も穏やかに暮らしている。
二人の生活には何も起きていないが、二人が勤務している(株)馬淵創業には面倒な問題があった。
現在の社長である馬淵幸四郎が母そして妻と相次いで失いその悲しみに心の均衡を失い、社長業を放棄する形で自宅に籠ってしまったのである。

城所浩一も自分を育ててくれた社長の状況は気になるところであるが、今は自分の立場で社長を護ることは何かを考えている。

城所と由理恵が久しぶりに食事を楽しんでいた時、いつ以来かと考えてしまうほど間の開いている二人だったが話題はどうしても会社の中のことになってしまう
あれこれと二人の思いが行き交う中で、由理恵から城所が少し驚く話をした。
その話とは、由紀恵が見た夢の話で、それも三日続けて見たというのである。
三日間の夢の最初の一日は
賑やかな街の中に自分が居る夢だという。 
その街というのが自分の知らない風景だというのだが
街の風景が現代の日本の風景には見えなかったし、かと言って外国の風景ではない。
夢に出て来た街並みは、テレビや映画の時代劇に出て来る街並みそのものだったと言い、何故こんな夢を私が見たのか、その意味が判らない。
由理恵はそう言って俯いてしまった。

二日目は、また違う夢だった。
日本家屋の豪華な部屋の中に居る自分が、訳もなく悲しくて泣いている、泣いても泣いても、涙は止まらない。

そして寝床に横になる自分が居た。
自分が寝ている寝床の周りに何人もの人が坐り、心配そうに自分をを見降ろしていた。
そして、三日目の夢の話が始まった。

しかし三日目に見た夢のことは、益々内容が自分の生活からかけ離れているものに思えるものだ。
夢の中に出て来る人達は男性も女性も、一人として顔見知りの人は居なかった。
そればかりではなく、その人達は男は髷を結い女も同じように日本髪だったが、その後ろに二人だけ洋装の男女が立っていて、よく見ると男は馬淵幸一郎で女は栗山千秋だったという。
秋津由理恵の話は城所浩一にはおかしな話でしかなかったが、由理恵の怯えている表情に何か言葉をかけなくてはと思うが適当な言葉が見つからない。
『その夢ってまったく由理恵の知らない、言ってみればどこかで聞いた昔話みたいなもんだろう、それが記憶の中に在ってそういう夢を創ったんじゃない?』
『でもね、何かもっと他にわけがある気がする、江戸時代とか、私自身が病の床に居たり、周りの人達が泣いて居るとか、次の日には
会長と栗山千明さんが居たり、私の遠い過去と何かあるのではないかと思う』

将来の伴侶と思う由理恵がここまで悩んでいることに
城所浩一はなんとか不安を取り除いてあげたいと考えたが、これといった名案はなかった。
とりあえず、由理恵の戸籍謄本やあれば過去帳から調べてみようと思った。


         続く。