血に残る記憶〜令和に燈る牡丹燈籠 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。







     序〜四

 秋津由理江の先祖が江戸時代末期まで、現在の文京区本郷三丁目辺りに藤村屋という刀剣商を開いていたという。


秋津由理江の先祖が藤村というのは別段不思議なことではない。
百年以上の時間が過ぎている間に、きっと色々な人の出会いや繋がりがあって複雑な相関図を作っていったのだろう。

ともかく秋津由理江の家系を辿っていくと藤村屋へ辿り着くことだけは間違いない。
問題なのは、この藤村屋で江戸時代に凄惨な刃傷沙汰があったという事である。

刃傷沙汰がどのような事だったのか、振り返ってみよう。

寛保三年四月、本郷三丁目の藤村屋に飯嶋兵太郎という若い侍が訪れた。
店先の刀に目が止まり店の主人に声をかけたところだった。


この頃は、しっかりとした身分の侍の家には《中間・ちゅうげん》といって家の雑務を任される奉公人が居た。
彼等の大事な勤めのひとつに家の主人、奥方、息子に娘などの外出に同行するという役目があった。

飯嶋家の次男、兵太郎にも同行の《中間》が居り、この日も店の中で刀剣の値段の交渉などをしている兵太郎のことを店の玄関先で待っていたが、運悪く近くを歩いていた風体の、あまり良くない侍に身体がぶつかってしまった。
《中間》の名前は藤太(とうた)という。

ぶつかってしまった相手の
侍は黒川幸蔵(くろかわこうぞう)という四十歳代の男、

侍と言っても、いずれかの藩士というわけではなく浪々の身、町民婦女子に言い掛かりを付けては幾らかの金をせしめ、居酒屋、飯屋では金も払わず、若い女を襲うこともあった。

このような生活をしているこの、黒川という浪人の噂は江戸の街に広まっていて街の人々は戦々恐々としていた。
この日も黒川は藤太に対して、絡みつくように因縁をつけて来る。
藤太の方でも主人に迷惑が及んではいけないと思い、この悪辣な浪人をやり過ごそうと必死になっていたが
黒川は益々増長して、遂には藤太の胸ぐらをつかみ殴りかかり、倒れた藤太を上から何度も蹴りこみ、藤太は額を割られ、鼻血を流し口元からも流血して、意識も遠のくほどだった。

店の中で藤村屋の主人と刀剣談義に花を咲かせていた兵太郎は店の外から聞こえて来る怒声や、あきらかに藤太のと思われる悲鳴に、
話題にしていた売り物の刀を手にしたまま店の外へ出て来ると泥まみれ、血まみれの藤太が倒れている。

兵太郎は、相手を一目見て
何かを察したのだろうか、
言葉も丁寧に話し始めるのだった。

『何方かは存じ上げませんが、私の供の者がなにかご無礼をはたらきましたのでしょうか?』
黒川は、金の匂いを嗅ぎつけたのか、にやりと下卑た嗤いを口元に浮かべ、『貴公がこの不心得者の主人なのか』
『なにぶんにも礼儀知らず者でございます、お腹立ちでしょうが私に免じてお許し願えないでしょうか』
『これは異なことを、ご貴殿の《中間》が犯した不始末を、私の責任と言うなら判るが、私に免じて許せとは!《中間》がうつけなら主人も主人だなあ!』

その後も、なんとか宥めようと飯嶋兵太郎は努めていたが、黒川の方は聴く耳を持たない。

兵太郎はまだ二十二歳の若者、黒川の方と言えば四十半ばの曲者、底の知れない手練手管、兵太郎にはとても対応が出来ない。
ところが自分の方に勝機があると思った黒川がここで大きな失敗をしてしまう。
『都合のいいことばかり言っていると思えば、刀の鯉口を払っているではないか
キサマ!俺を斬ろうと言うつもりか!』
『何を見当違いな、拙者は先ほどより店の中で刀の値踏みをしており、この刀は買うかどうかの話を藤村屋としていたところ、何事かと参った次第、別に他意はない!』
『なにをぬかす!男らしく斬れるなら斬ってみろ!』
それまで我慢を重ねていた兵太郎は、黒川のこの挑発に我慢の限界とばかりに、
手にしていた無銘の刀を抜き払うと、黒川に鋭い鋒を向けた。
黒川も兵太郎の尋常では無い形相に気がつくとその場から背を向けて走り始めるのだが、黒川の逃げ脚よりも、兵太郎の追脚の方が数段早く、瞬く間に追いつくと『貴様も侍なら背を見せるとは何事か!恥ずかしくないのか!』と言うが早いか、振り翳した刀を黒川の肩口から胸に、一気に斬り下ろした。
黒川は、夥しい血を吹き出し、それが作り出した血溜まりの中で絶命した。

          続。